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【京伝びとストーリーvol.2】日本酒の本質はやっぱり文化だと思う。

日本酒の文化的側面が失われていく

日本酒の起源は諸説あり、日本酒の原料となる稲作が伝わった弥生時代であるといわれる一方、縄文時代にはすでに米を使った酒が飲まれていたとする説もあります。清酒発祥の地は、奈良だとも伊丹だとも。
映画「君の名は。」で有名になった「口噛み酒」。口噛み酒とは、巫女がお米を口の中で噛み、唾液に含まれる酵素によって発酵させたお酒のこと。

日本酒は、かつては豊穣祈願といった神事の際に奉られていました。神社などで振る舞われる日本酒は現在でも「お神酒」といわれ、日本酒と神事は深くかかわっています。

日本酒の歴史は人類の歴史と言ってもいいくらい長く深い。どの歴史が正しいかなんて、もはや意味をなさないレベル。いずれにしても、日本酒は人類の歴史とともにある文化であることは間違いない。

ただ現在、日本酒が年末年始に飲まれることも少なくなり、神事に参加する機会も少なくなり、日本酒の文化的な側面が失われつつあります。日本酒が飲まれなくなっていくことと、日本酒の文化的な側面が失われていくことは関連していると思うんです。

日本酒とは「人類の理想を実現するための精神」

日本酒は文化であることは間違いないけど、それがどんどん失われていく。文化というものが失われていくことは、はやりすたりとはまた違うと思うんです。

ただの流行なんであれば、それが廃れてしまったとしても、時代の流れなんだからそれはそれで仕方がない。

でも、文化というものはそういうことじゃない。時代が変わろうが大切に守り続けないと、民族としてのアイデンティティを失ってしまうもの。

文化とは「人類の理想を実現するための精神」のこと。

温故知新っていう言葉があるように、古きをたずね新しきを知るということがある。文化というものはそうやってして、いつの時代にも守るべき価値があるものだと思うんです。

だからこそ人類史の中で絶えずに続いてきたはずだし、これからも続けていかないといけないし、人の一生が数十年しかない中、2,000年以上も語り続けられてきたんだと思います。
日本酒もそういった絶やしてはいけない文化のひとつなんだと思う。

人類の理想って何なんだ。

日本酒が文化だとして、文化は人類の理想を実現するための精神だとして、日本酒は人類のどんな理想を実現できるんだ?

日本独特の神道。教典や具体的な教えはなく、開祖もいない。自然と神とは一体として認識され、神と人間を結ぶ具体的作法が祭りであり、その祭りを行う場所が神社であり、そこで用いられるものが日本酒。日本酒は、日本独特の自然崇拝を実現する手段なわけです。

どのような宗教も人類を超越する何かを崇拝することで、人類があるべき道を示そうとしました。その教えは宗教によって違うかもしれないけど、人類の理想がそこにあるわけです。

それは、平和なのかもしれないし、愛なのかもしれない。答えがあるものではないと思います。
それは人それぞれが考えたらいいこと。

私は人類の理想とは、希望をもって生きることだと思います。

希望をもつというのは人間にだけ与えられた特権じゃないでしょうか。だから希望がなくなったとき、人は生きていけないんじゃないでしょうか。
なぜ植物は、動物は、希望がなくても生きていけるのに、人は生きていけないのでしょうか。

もし、日本酒が人類を超越する何かとつながることのできる手段なのだとしたら、日本酒は人に希望をもたらすものでなければならない。

だから、私は人の想いと、夢をいっぱい込めた日本酒を造りたいと思うんです。

もし、日本酒に人類の理想を実現する精神が宿るのだとしたら、そんな日本酒を造れば、きっと日本酒はこれからも文化として受け継がれ続けるんだと思う。

日本酒という文化を、次の世代にきちんとした形で残していきたい。

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