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セルフネグレクトの動画を見て、ドキっ!

セルフネグレクトについてTBSさんの報道特集がYoutubeに上がってたので、つい見てしまった。リンクを貼りますがキレイ好きな方は注意が要ります。

トイレットペーパーの芯やペットボトルを散らかすところから始まる、と聞いてビックリしたワケだ。

自分にも当てはまってたと思って。

コメント欄に「心の不調さは、部屋のキレイさに現れる」と書いてる方がいらっしゃって、激しく同感。

私も半年前から持病のうつ状態が悪化して、今回も危うく死にかけた。
仕事はお医者さんに言われて休職した。
殆ど起きていることができなくなり、常に寝っ転がってスマホをポチポチ見て、コンビニでメシを買い、食ったら寝る。
掃除なんてできるはずもない。風呂は3日に1回くらい。食欲だけはあるのでブクブク太った。

ペットボトルのゴミは、動画で見たときみたいに山のように積み上がって、色んなゴミにまみれてメチャクチャ。トイレは汚いままで、トイレットペーパーも放り投げてた。

流石にここまでスゴい人はいないかもしれないが、動画を見てドキッとする僕の「仲間」は多いかもしれない。

仕事で辛くて、帰り道でコンビニに寄り、適当に晩御飯を買って帰る。ご飯を食べたら、適当にゲームとかYoutubeとか見て、眠くなったら寝る。朝早く起きて通勤。
現代人のルーチンだと思う。

生きるためにご飯を食べなきゃいけなくて、ご飯を食べるためにはお金が必要で、お金を得るために働く。
じゃあ生きるって何のため

そこを疑問に思ってしまうと、もう健康体ではいられない。自分の世話なんてできずにセルフネグレクトに陥っていく。

汚部屋に住んでて僕は思ったんだ。
どうせ誰かが見に来るわけじゃないから。
どうせ死んだって一人で逝く訳だから。
もう生きるのに疲れちゃった。
もうすぐ死ぬのに、なんで掃除しなきゃならん。
なんでメシを食って寝るだけなんだ。

それでため息ばっかり出て来て、何も気力が沸かずに、ゴロゴロ過ごしてたわけだ。

僕がそこから抜け出したのは、お医者さんの処方が適切だったという、幸運な外的要因だ。一ヶ月前から飲み始めた新しい抗うつ薬は、僕に良い変化をもたらした。

それで、半月ほどかけて部屋をキレイにして、今はフカフカの布団の中でnoteを書いてるんだ。

僕はたぶん、運が良い方だと思う。

僕の「仲間」のなかには、家族や知り合いから見放されてたり、良いお医者さんに出会えなかったり、独りぼっちだったりして。
僕の貰った「外から差し伸べられる手」が見つからない、掴めない人が大勢いるわけだ。

なんだかなぁって思う。「人々に平等に機会を与える」なんて嘘っぱちだ。
皆で苦しんでないフリをして満員電車に飛び込んで、死んだような顔をして職場に向かい、暗くなって前も見えずに帰る。

当たり前になっちゃいけないことが、さも当たり前のような顔をして、「お前なんてマシな方だよ」って言いながら侵略してくる。

そんな世界で、自分のお世話なんてできるはずがない。誰もがセルフネグレクトに陥って当たり前なんだ。

そう思って、スッとする。

最初に動画を見たときは、自分のこと、言われてるみたいでドキドキした。

今、「できて当たり前のことじゃない」って改めて思った。
料理・洗濯・掃除、できなきゃいけないって考えが、世の中に多すぎるんじゃないか。本来家族で助け合ってやってく作業が、一人暮らしで出来なくなったんだから、出来なくて当たり前なんだ。

だからやって出来てる人は凄くスゴイ、カッコいい人。出来なくても、良い。カッコいい人ばっかり見て、「自分なんて」って思わなくていい。
そこで、自分も偉くなりたかったら、やれば良い。ヤバイと思った時に、出来ればやる。それでいい。

僕の「仲間」は、たくさんいるんだなぁって気づいて、ちょっとホッとした。
もし読者さんで「掃除や洗濯できます」って人がいたら、それはとてつもなくスゴイ。
もし読者さんで「仲間だな」って人がいたら、生きててエライ。大丈夫、それで普通だ。

出来ない人が増えているんじゃなくて、世の中の流れが出来ない人にスポットを当てているに過ぎない事に、気づくべきだ。

もしヤバイと思ったら、インターネットを片っ端から使って、助けを求めよう。スポットが当たっているということは、助けてくれる人も増えてくれるということだ。

僕が自慢したかったのは、半月かけて綺麗になった部屋と、「セルフネグレクトに陥って当然」と思えたってこと。そのこと知ってほしくて、noteに書いておいた。
この項を読んで、ちょっと困っている人の自信につながってくれれば、良いかなぁ。


インターネットを渡り歩いてまだ6年、色々なカテゴリを楽しみ、「消費者」として生きています。 そんな文化の消費者の毎日思ったことアレコレを書いていきます。雑記。