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【読書感想文】JR上野駅公園口/柳美里

柳美里作の『JR上野駅公園口』は前々から気になっていた作品だった。上野駅が個人的に思い出深い場所だったからという理由である。何となく読みたいと思っていた矢先に、全米図書賞を受賞されて、気がついたら紙書籍が手に入らない事態になった。

受賞のお祝いの勢いもあってkindleで購入し、一気に読もうと意気込んだものだったが、読み始めてから読み終わるまで1ヶ月ほどかかってしまった。上野公園のホームレスをテーマにした小説で、とにかく内容が重い。

電子書籍で読むより、紙で読んだ方が良い作品だった。紙だったら、もう少し疲れなかったと思う。これから読もうとされる方は、それなりにエネルギーが必要な作品だとご紹介したい。気軽に読もうというには勧められない。重厚な文学作品として、心してかかかる気持ちが良いと思う。

とにかく暗い作品。上野公園をよく知っている自分だからか、情景描写はその場をありありと想像できた。作品を通してホームレスの擬似体験をする事になり、ますます暗い気分にさせてくれる。もしかしたら将来自分もホームレスになってしまうのだろうか、という不安に恐れ慄いた。

上野公園のホームレス視点の日常描写と、すでに死んでしまった主人公の人生の回想、時に幻想が交互に記述された作品。Twitterで誰かが「走馬灯のような作品」と評していたのが、言い得て妙。主人公が死んだ後に幽霊として自分の不運な人生を思い出している、その思考を一緒に体験する感じだったので、一層辛かった。読者も一緒になって不幸のどん底を味わうような、重々しい寂しげな物語である。

物語の構成は、天皇家と主人公一家の対比が大きな軸になっている。主人公は平成天皇と同じ年に生まれ、主人公の息子は令和天皇と同じ年同じ日に生まれたという共通点を持ち、ホームレスと皇族の姿を対比して表現している。

主人公の出身地である福島のとある地域の歴史、文化、宗教について深く記述されており、ノンフィクション・レポートを読んでいるような印象もあった。浄土真宗のお葬式について良く描写されており、死に対する向き合い方の一つが提示されている。

上野公園周辺の情景描写は、まるでガイドに公園周辺を案内されて散歩しているような感覚がある。イチョウの黄色い葉っぱの風景から始まり、雨、風、道ゆく人の雑談、公園の移り変わる様子。天皇家の行幸啓がもたらす、上野公園に住うホームレスへの影響。主人公の暗い人生やホームレス仲間との思い出が巡り巡って淡々と死へと向かい、またイチョウの黄色い世界に戻る。

エピソードごとの話の輪郭がぼやかされている印象で、気がつくと上野公園から主人公の過去の世界に引きずり込まれる沼のような、息苦しい小説だった。言葉の芸術、文学的とはこういうものなのかと勉強になる作品だった。

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