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記憶とコンプレックス

長所と短所はうらおもて。

今日、自分の短所を長所に言い換えることを考えていた。


自分の短所だと思うところを紙に書き出してみると、様々な記憶が蘇ってくる。


親に注意されたこと。
学校の先生が何気なくいったこと。
怒られたこと。
友達と言い合いになったときのこと。

短所を短所だと感じるようになったのには、それぞれ理由や思い出がある


たとえば
私の短所は、物の扱いが雑なところ。
とにかく何においても、大雑把で雑なのだ。

でも、それは自分で思ったり気付いたわけじゃない。

親から「もっと丁寧に置きなさい」と声をかけられたこと
書道の先生に「あなたは大雑把な字を書くわね」と言われたこと
職場の先輩に「雑やな〜」と言われたこと


どれも記憶とセットなのだ。


協調性がないこと。
要領が悪いこと。
気が利かないこと。

あげたらきりがないくらい短所はあるのだけれども
どれも誰に、どこで、どの場面で言われたか覚えていて
「私ってそうなんだ」
って思ったり、感じた記憶がある。



小さな頃から、どんくさくて要領が悪かった。
私にとって長年のコンプレックス。

そんな私が、今の職場ではしたたかで効率重視な人だと言われている。

人の評価なんてそんなもの
だとしたら、長所や短所もそんなものなのかもしれない。


どんな環境でどんな人と一緒にいて
どんな言葉をかけられたかによってコンプレックスや短所なんて変わっていくものなのかもしれない


長所と短所はうらおもて。

だとしたら、私はこれから誰かのどんな記憶に残れるだろう?
どんな言葉を残したいだろう?

そんなことを考えた今日という一日。
誰かの記憶に、幸せを残せる私であれますように。




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