下駄で歩いたパリを辿る放浪日記
1932年、独りシベリア鉄道に乗って2週間かけてパリにやって来た女がいた。
林芙美子。
ここ、「ブウラアド十番地」のアパートに、半年ほど暮らしたそう。
(今は会社のビルになっている)
この街が気に入ったのでしょう。こんな風に書いてある。
彼女の熱烈なファンである母の影響で、私も「放浪記」や「下駄で歩いた巴里」などを昔読んだ。
母は神田の古本屋でその初版本を購入しているほどのマニア。
尾道の林芙美子像に紫陽花を手向ける(ファンの間では命日を「あじさいき」と言う)ところまでは付き合ったけれど、流石にもう飛行機に乗ってパリまで行けないということで、私が林芙美子が塗り下駄でぽくぽく歩いたパリの足跡を追った。
ふみこさんはロンドンの小旅行から帰って、古巣のDenfert-Rochereau(彼女曰く、住みなれたダンフェル街)へ帰ります。その時に滞在したのがこの ”ホテル・フロリドル”。
ただ今改装工事中でしたが、今でも安く泊まれるホテルとして人気がある様子。
ダンフェル広場のライオン像。ここの描写も楽しい!
ええ、さすがの洞察力。
ふみこさん、同じなのは三越が模倣したからですよ!
1932年に下駄で歩いていた林芙美子さん。
一緒に放浪した愉快な週末でした。
時空を超えた旅の同士になれた気分。
ペン一本でパリまでやって来て、この地でも情熱的に原稿を書き送ったふみこさん。
そのパッションが伝わって来る素敵な街でした。
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