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働く練習

8 働く練習


仕事を辞め、入院し、退院して、自宅療養をし始めてから
約3年がたっていました。
今後のことを考えると働かなければなりませんが、
どんな人であろうと、3年のブランクがある人間を普通に企業が採ってくれるとは思えません。
アルバイトも厳しいです。
そもそも、それだけ休んでいた私には働くだけの体力がありません。
どうやったらまた働けるようになるのか悩んでいたところ、
札幌のアルコール依存症ミーティングで話題が上がり、
私は就労支援の存在を知ることになりました。
病院でソーシャルワーカーさんに詳しく教えてほしいと言って教えてもらい、
自宅近くの相談所を紹介されました。

就労支援とは、障碍者が働くための練習の場です。
「就労継続支援」と「就労移行支援」の二種類があり、
「継続」は就労状態を継続することを目標とした場所
「移行」は今まで働いたことがない方が就労を目指す場所
と私は教わりました。
私の場合は今まで働いていたので「継続」のほうに当たります。

相談員さんはとても親切で、こういったサービスのことが全く分からない私に
一から説明してくださいました。
そして、私の希望から候補となる事業所を探してくれます。
何度か見学に行ったのですが、動くことが久しぶりだった私は
見学に行くというときになって体調を崩してしまうことが多々ありました。
更に、新型コロナウイルスの影響で病院に行くことも躊躇われたため
薬を勝手にやめてしまったところ、病状は悪化しました。

はじめてお薬を飲んだ日、私は十何年ぶりに「死にたい」と思わない一日を過ごしました。
こんなに穏やかな一日があるのかと驚きました。
次第にお薬に慣れ、調子が悪く死にたさを感じ続ける日もありましたが、
それでもお薬が無いよりは気分がよかったのです。
その事実を忘れていたのでしょう。
コロナ禍で人との接触や往来を自粛しなければならなくなり、
私はお薬がなくなってしまっても、病院には行ってはいけないと思いました。
そしてお薬を飲まなくなって、何もできなくなりました。
パソコンの前に座っても、画面に表示されていることが全く理解できません。
文章が理解できないので、本も読めません。
あれだけ大好きだった音楽も耳障りなだけでした。
話が脱線しますが、私にとって、もっとも恐怖だった症状は
応援している俳優さんの顔が分からなくなったことです。
毎日動画やDVDで彼の顔を見ていました。
つぶさに観察して、似顔絵もたくさん描きました。
ファンレターも出しました。
大好きで、彼の出演している映像作品は心の支えでした。
そんな彼の動画をぼうっと眺めていたある時、突然、
「だれ?」
と思ったのです。
すぐに思い出しましたが、とてつもない恐怖でした。
あんな思いは二度とごめんだと思います。
大好きな人の顔が分からないなんて、そんな人生は要らないと思いました。
そんな状態で、とにかく何もできなくなってしまったのです。
こういった状態の時は、逆に自殺の心配はありませんでした。
自殺するための気力がないからです。
ただ、息をしているだけ。
トイレに行くのも辛い体をただベッドに置いているだけでした。
これはいけないと思い、慌てて次の受診日に病院に行きました。

お薬を再開して、大分調子を取り戻した私は、
何度か相談員さんとお会いして、見学を再開しました。
見学だけでも新鮮な気持ちで、とても楽しく体験していました。
しかし、ある日またもパニックを起こし、
夜に友人に泣きながら電話して、保護されました。
その日は友人宅に泊まり、次の日の朝に両親が迎えに来てくれました。

傷病手当も失業保険も終わり、一人暮らしをするには金銭的に不安が出ていました。
更に、実家と札幌にはかなり距離があり、いちいち迎えに来てもらうというのも申し訳なさがあります。
そこで意を決して、10年住んだ札幌のマンションは引き払い、実家に戻ることにしました。

実家に戻ってしばらくは静養でしたが、
年が明けるころには動けることが増えてきたので、
札幌の相談員さんから地元の相談所につないでもらい、
もう一度就労支援事業所を探し始めました。
札幌には200以上の事業所がありますが、地元はそんなに多くありません。
母から、事務の仕事も良いのではないかと言われていたこともあり、
事務作業がメインの事業所にあたりを付けました。

今年の3月から、そこに通っています。
通い始めてから、生活にメリハリが生まれました。
ただ時が過ぎるのを待つのではなく、
行く場所があり、やることがある生活はとても心地よく感じました。
ちはるさんのお手伝いをしていたこともあって、パソコン作業が多くなっていた私は
どれだけ仕事ができないと言われていても、タイピングだけは速いと褒められていたことを思い出しました。
どうせならそれで資格でも取ろうかと、インターネットで受けられるタイピング試験を受験し、1級に合格することが出来ました。
31歳の誕生日に、合格通知が来ました。
誕生日がきたことよりも、合格通知のほうが嬉しかったです。

お化粧やおしゃれもするようになりました。
勿論、疲れていたり気分が乗らないときはそんな余裕はありませんが、
今日は何を着ていこう、今日はどんなお化粧にしようと考え、
また、お化粧品の色味を変えてみたり、やり方を変えてみたりしました。
服も新しく買いに行って、好きなものを買うと、新しい自分になったような気がしました。

ちはるさんに、「新しい服を買いました。お化粧も変えてみました」と、
恥ずかしながら自撮りの写真を送ると、ちはるさんは喜んで褒めてくれました。
「かわいいね!」「眉毛がいい感じ!」
褒められて調子に乗った私は、毎日お化粧をするのが楽しくなってきました。
事業所に行っても、「なおさんはおしゃれだね」「いつもかわいい服だね」と言っていただけました。

私が通っている事業所は古本屋を営業していて、
インターネットでも販売しています。
古本屋やレンタル落ちのDVDなどのクリーニング、
通販が売れれば梱包作業、
また、封筒などの梱包材も手作りしているのでそれを作るのが主だった作業です。

とても驚いたのは、昼食が無料で出ることでした。
※事業所によって有料無料は違います。
午前10時から14時までの作業の間に、きちんとお昼休みがあり、
お昼ご飯も希望すれば出してくれるという格別の扱いでした。

お給料は、給与ではなく工賃という制度で、通えば1日800円出ます。
※こちらも事業所によって金額は異なりますが、最低工賃は国の制度で決まっています。
A型だと、雇用契約を結び、アルバイトのような形になりますが、
B型では雇用契約は結びませんので、「給与」は出ず「工賃」というかたちになります。
実家に帰ってきた私にとっては、自分のものを買うことができるお金が手に入るのでありがたいです。

職員さんもとてもやさしく、丁寧に作業を教えてくれ、目をかけてくれます。
体調が悪ければ、連絡すれば普通の仕事よりも容易に休ませてくれます。
あくまで働く練習ですので、無理は禁物。
ゆっくり慣れていくのが目的です。
私も調子が悪い時は無理せずお休みしています。

もし、病気で長く働いていないけれど、働く練習がしたい、もしくはとにかく外に出たいという方は、
各地域に就労支援事業所、それ以外にもデイケアというものもありますので、是非相談してみてください。
利用人数も作業内容も様々です。

私は週1回、デイケアにも通っています。
私が通っているデイケアに、依存症ミーティングがあるためです。
デイケアは、就労支援とはまったく雰囲気が違い、自由です。
様々なクラブ活動のようなものがあり、読書、パズル、麻雀、スポーツなど、
各々好きなことが出来ます。
お昼ご飯も出ます。
ずっと家にいると、無為に時間を過ごし、そんな自分に嫌気がさすことも多くあります。
また、家族とも軋轢が生まれる場合があり、距離が必要になることもあります。
そんな時に、デイケアや就労支援はとても役に立ちますので、
そのように悩まれている方は、是非相談の上、利用されてみると良いと思います。
大概の場合は、病院のソーシャルワーカーさんや、役所の担当課で相談できます。

私はやることが決まっていてお金をもらえる就労支援のほうが合っているように感じているので、就労支援をメインに通っています。

来年の春に、仕事を見つけるのを目標に、
まずは週5で動くことを体に慣らすようにしています。
無理をせず、ゆっくりと、マイペースで。


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