見出し画像

逸脱とフレグランス

6 逸脱とフレグランス

この年、新型コロナウイルスが猛威を振るいはじめました。
ちはるさんはそれに伴い、4月からYoutubeの生配信を始めました。
Youtubeの生配信は一人ではとてもできるものではないので、
私は会計や商品の管理など、ちょっとしたお手伝いをすることになり、ちはるさんとの関係は以前よりも深くなっていきました。
そしてそのお手伝いのため、どうしてもそばにいなければいけないということになり、
2度目の群馬行きを決めました。

今度は夏でした。期せずして、私は群馬の冬と夏を知りました。
特有の空っ風の吹く冬、本州ならではの強い湿気でじめじめとした暑さ。
どちらも体験することになったのです。
その時期、ちはるさんが北海道に来ていたので、2度目の飛行機はちはるさんと一緒に乗る形になりました。
私は安心しきってちはるさんにすべてを任せてしまっていました。
大変スムーズに事が運んだ気がします。
それでも今回は、ノートパソコンを持って行ったので苦労しました。
ノートパソコン用のバッグを用意していなかった上に、液晶画面との接続部分が壊れかけていたからです。
バスタオルにくるんで、トートバッグで抱えて持っていきました。
群馬に行くことに慣れたのか、現実味がなかったのか、どちらなのかわかりませんが、私の準備は間違いなく不足していました。
今、大変反省しています。
ノートパソコン用のバッグは、パソコン自体の買い替えとともに母に買ってもらいました。
そんな恐ろしい状況の中、ゆったりと空の旅を楽しんで、東京に到着した私は驚きます。
暑い。とてつもなく暑い。
むわっとした空気が気温とともに顔面に押し寄せ、呼吸も苦しくなりました。
マスク越しに熱がこもり、むせかえりました。
まだ群馬についてもいないのにもうしんどい、と思いました。

それでもなんとか高崎駅までつき、晩御飯の買い出しをして、そのままちはるさんと一緒にタクシーでコウちゃんをお迎えに行きました。
私はわざとタクシーで待っていましたが、乗り込んできたコウちゃんは、
「おねえちゃんだ!」と言い、すごく喜んでくれました。
ご機嫌のコウちゃんはたくさん喋ってくれて、タクシーの中はとても楽しかったです。
「おねえちゃん、その服かわいいね」と、私の服をほめてくれました。
おしゃまな言い方に私は思わず笑ってしまいましたが、服が好きな私はほめられたことが素直に嬉しかったです。
盛夏直前の群馬はじめじめとしていて、ちはるさんも私もダウナーになったりもしましたが、前回の旅行よりも元気に過ごすことができました。
辛くて寝込んでしまったりすることが少なくなり、ちはるさんも「以前より元気そうだね!」とおっしゃいました。
自覚は少なかったけれど、休んだことで少しずつ回復していることがわかり、嬉しくなりました。

コウちゃんのお迎えにもだいぶ慣れていて、最初はやはり緊張しましたが、何度も一人でお迎えに行くことができました。
保育園の先生にも顔を覚えてもらい、私も先生からコウちゃんの様子を聞くことが増えました。
帰りにアイスクリームをねだられて、かわいらしいアイス屋さんでアイスを食べることもありました。
夏の暑い、アイスがおいしい時期です。
コウちゃんは限りなくアイスを求めました。
ご飯を食べずに、夜寝るころになっておなかがすいたと言い出して、大変困ったこともありました。

ここで私の悪いところが出てしまいました。
私が悪影響なのでは……と悩み、母に相談したり、子育てサイトや子育て漫画を読み漁りました。
そしてそこに書いてあることを実践していました。

私の子ではないのにです。
本当は一線を画すべきなところを、介入しすぎてしまいました。
私は次第にコウちゃんを叱るようになっていきました。
母からは、他人の子なのだからあまり介入しないようにと言われていましたが、
私はその線引きができなくなっていたのです。
傍にいるから、初めてだから、という理由もあったかもしれません。
けれど、やはりそこは引かなければならない一線でした。
にもかかわらず出来ていませんでした。

ある日、朝は不機嫌なコウちゃんが、ちはるさんが作ったご飯を床に落として遊んでいました。
私は、せっかく作ってくれたのに、とカチンときて、
「今何をしたの」と強い口調でコウちゃんを責めました。
ちはるさんは困惑していました。
それ以外にも、ちはるさんの前でコウちゃんを叱ることが増えていました。
ちはるさんは何も言わないでいてくれましたが、
後から考えると、私はひどく高慢なことをしてしまったと後悔しています。

一緒に暮らしていれば、次第と境界線はなくなっていくものかもしれません。
ですが他人は他人。
親しき中にも礼儀ありです。
私は「コウちゃんを一人の人間としてみる」ことを忘れ、
「子供として対応する」ことをいつの間にかしてしまっていました。
悔しく思います。
「一人の人間としてみる」ことをあれだけ意識して一度目の生活を終えたのに。
慣れというのは恐ろしいものだとも思いました。
それを意識しなかったせいで、私は一番やりたくなかったことをやってしまったのですから。

他にもありました。
私が、ゴミ出しの日を忘れてしまったときのことです。
もう帰る日取りが決まっていて、来週のゴミ出しの日には私は出すことができない、というときでした。
私の飲んだお酒の缶や瓶がたまっていたのです。
買ったコンビニに捨てようと言うちはるさんに、
私は「それは駄目です」と言いました。
ちはるさんは「そうだよね、やっぱりそれは駄目だ」と同意してくれました。
しかし悲しげに
「私はなおちゃんがルールを逸脱しても何も言わないのに、なおちゃんは私にルールを押し付けるんだね」
と言いました。
私はそれを聞いて深いショックを覚えました。
押し付けるようなことをしてしまっていたのだと、そのとき気づきました。
価値観を押し付けてはいけないということは、私を含め、多くの方が気を付けていることだと思います。
けれど、自分の中に積み上げられた価値観というものは、
ふとしたとき、つい、勢いで、
他人に押し付けてしまうものなのだと、この時改めて思いました。

実はこの後、私は、もうちはるさんとは一緒にいちゃいけないんだと思っていました。
これだけ良くしてくれたのに、こんな迷惑をかけてしまって、
もう傍にいたり、お話をしてしまってはいけないと。
ちはるさんと話すのも、コウちゃんと会うのも、もう最後かもしれないと思いながら、
ぎくしゃくして残りの日々を過ごしました。

が、ちはるさんはちはるさんでした。
そんなことはどうでもいいとでも言うように、
別の日にはもう、私が差し上げたお礼のフレグランスをまき散らして大喜びしてくれました。
Youtubeの番組で「ぎくしゃくしちゃったんだよね」と話すこともありました。
私は「いやまだぎくしゃくしてるんだけど、というか、もう離れなきゃいけないと思ってるんだけど」と思いながら困惑したものです。
帰った後も、いつも通り私にLINEしてくれました。
本当にちょっとだけを愚痴って、それで「話を聞いてくれてありがとう、すっきりした!」なんて言うのです。
この人の許容量は一体どうなっているのだろうと思いました。
何故あんなことをした私のことをいまだに受け入れてくれるのだろうと。
答えはわかりません。
ちはるさんだからなのかもしれません。
だけど、一緒に暮らした限り、ちはるさんは「ただのひと」でした。
私と同じように、お菓子を食べてお酒を飲みながら映画を見たり、
テレビのワイドショーを見ながら、ぐだぐだごろごろするのが好きで、
ちょっとくらい部屋が汚くたって気にならない。
家事なんか楽をしてなんぼ。
パパさんが帰ってくるとなれば二人で大慌てで大掃除をしました。
それなのに、途方もないほどの努力をしている、「ただのひと」でしかありませんでした。

「ただのひと」だから、
悲しくなるし、イライラするし、当たり散らしたりだってします。
私もそうです。
これを読んでくださっている、あなたもそうでしょう。
だからこそ、それでいいからこそ、
他人に自分のルールや妄想を押し付けてはいけないのだと、
強く実感した旅になりました。
もっと言い方を変えればよかった。
今はそう思います。
「それは駄目です」ではなく、「それは私は嫌なんですけど、こうしたらどうでしょうか」と
強い口調でなく、「それはこうだから、私はしない方がいいと思うんだよね」と
伝えることが出来ればよかったのではないかと、今、思います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?