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ラジオドラマ脚本『王子様あらわる!』

※ラジオドラマ用の脚本ですが、漫画原作にも対応しているかなと思います。

【登場人物】
柏木一郎(32)
柏木あかり(29)一郎の妻。
駅員(25)
若王子ハル(19)
担当(27)
【脚本】
一郎「ごめんな、あかり。実家まで送ってやれなくて」
あかり「気にしないで。あなたには締め切りがあるんだから」
SE 列車発車のベル
駅員(マイク)「まもなく函館行きが発車します」
あかり「じゃあね。私、がんばる。元気な赤ちゃん産むからね」
一郎「あまり気合入れるなよ」
あかり「あ、そうだ。寝室の押し入れにある段ボール箱。絶対開けないでね」
一郎「わかった」
SE 列車が走る音
一郎(語り)「俺とあかりは結婚して五年が経つ。漫画家という不安定な職業にも関わらず、あかりはずっとついてきてくれた」
一郎「しばらくは俺ひとりでがんばらないとな。……ん、マンションの前に誰か座ってる」
ハル「あの! 『月刊ピース』で連載している柏木一郎先生ですか?」
一郎「そうだけど……」
ハル「僕、若王子ハルって言います! 先生の原稿のお手伝いに来ました。僕のことは『ハル』って呼んでください」
一郎「そういえば、担当さん紹介のアシスタントが来るんだった。よろしく、ハルくん」
一郎(独白)「キラキラした子だなあ。きれいに髪をセットしていて、手足が長くて頭は小さい。少女漫画の世界から飛び出してきたみたいだ」
一郎「それじゃあ、この原稿にスクリーントーンを貼ってね」
ハル「はい」
一郎「焦らずにね」
ハル「……できました!」
一郎「はや!? ちゃんとできてる!」
ハル「僕、背景も描けますよ」
一郎「それなら、ここのビルを描いてくれ」
ハル「はい!」
一郎「早すぎて、ペンが見えない!?」
ハル「(息を吐く)こんな感じでいかがでしょう?」
一郎「線が細くて描写が細かい。すごいよ! ここの料理の絵もお願い!」
ハル「お任せください!」
SE 電話が鳴る音
一郎「もしもし。あ、担当さん? アシスタントの子すごいよ!」
担当(電話)「柏木先生。アシスタントの件ですが、お願いしていた子が急病で行けなくなったそうです。他に空いている子がいなくて……」
一郎「え!? じゃあ、この子誰!?」
ハル「描けました。どうですか?」
一郎「あ、ああ……。わからないけれど、すごく助かるからいいか。この調子で頼むぞ。ハルくん!」
ハル「はい!」
一郎「(大きく伸びをする)やったあ、終わったあ!」
ハル「お疲れ様です!」
一郎「ハルくんのおかげだよ。アシスタント代、弾むからな」
ハル「お金なんていらないです。代わりに欲しいものがあるんです。僕とあかりちゃんの物語を描いてください!」
一郎「へ!?」
ハル「僕は、あなたの奥さんのあかりちゃんの物語から生まれた王子です!」
一郎「え!? 何言ってるんだよ!?」
ハル「あかりちゃんは子供の頃、漫画を描いてました」
一郎「そんな話聞いたことないぞ」
ハル「知らないですよね。あかりちゃんは漫画を誰にも見せたことないから……。内気な女の子あかりが、絵が大好きな王子様のためにいろんな漫画を描くというお話です。小学校から帰ってきたら、ノートに鉛筆で描いてたんですよ。毎日のように……。でもある日突然描かなくなったんです。
一郎「どうして描かなくなったんだ?」
ハル「小学校で、お友達の似顔絵を描く授業があったんです。そのとき担任の先生から、『漫画みたいな絵は描いちゃダメ』って注意されたんです」
一郎(驚いて息をのむ)
ハル「でも僕が消えなかったっていうことは、あかりちゃんの心の中にまだ僕がいるんです! あかりちゃんは終わらない物語を胸にしまっているんです。お願いです。先生の手で漫画にしてください」
一郎「そう言われても……あかりのお話を勝手に俺が描くのはおかしいだろ。どんな終わらせ方をするかは、作者自身がしないと。それが創作ってものだ」
ハル「そうですか……。(泣きじゃくりながら)消える前にあかりちゃんとのお話終わらせたかったなあ……」
一郎「あかりが忘れなければ、消えないんじゃないのか?」
ハル「詳しくは言えないけれど、僕はもうじき消えるんです。消えたらあかりちゃんは完全に僕のことを忘れるかもしれない。(鼻をすすりながら)あかりちゃん、引っ越すときはいっつも段ボール箱にしまってノートを運んでくれたのになあ」
一郎「段ボール箱……?」
あかり(回想)「寝室の押し入れにある段ボール箱。絶対開けないでね」
一郎「ハルくん、まだ諦めるな!」
SE 段ボール箱を開ける音
一郎「あかり、ごめん。段ボール開けるぞ!」
ハル「あかりちゃんのノートだ! これも! これも!」
一郎「こんなにたくさん……」
ハル「見てください。あかりちゃんが初めて描いた僕の漫画です。いまひとつな感じですが、やがて……」
SE ノートをめくる音
ハル「ほら!」
一郎「へえ、どんどん上手くなってる! ……ん、このノート。他のより新しい。……字ばっかりだ。この日付。あかりが中学生のときか。『ハルとあかりの物語』って書いてあるぞ!」
ハル「え! 先生、読んでくれませんか? 僕、難しい字が読めないんです」
一郎「わかった」
一郎「『字が読めないハルにも、愛情たっぷりのお話を聞かせてあげる。言葉がわからなくても、ペンで描けば想いは伝わるよ。ハルの心の中にいろんなお話の種を蒔くよ。お話の花が咲いたら私に教えて。この世界を優しく包む素敵な物語を聞かせてね』」
ハル「あかりちゃん……ちゃんと物語作ったんだね……」
SE マジックペンを動かす音
一郎「ほら、小説には挿絵がいるだろ」
ハル「ありがとうございます! 僕、愛されているんだ……。僕、生まれてきてよかったんだ……生きてきてよかった……」
一郎「ハルくん。身体が透けてるぞ」
ハル「もう時間が来たんだ。僕、消えちゃう……」
一郎「そんな、まだあかりに会ってないだろ!」
ハル「願いが叶ったからいいんです。それにまだ、さよならじゃない。また会えるから。柏木先生もいろんな物語を描いてください」
一郎「ハルくん! 消えた……」
赤ん坊の笑い声
あかり「もう、また漫画雑誌読んでいる。ほっぺにインクの汚れがついちゃうよ」
一郎「漫画家の子供って漫画好きなんだなあ。遺伝かな」
あかり「まだ字が読めないはずなのにね。この子ね、『月刊ピース』が好きなのよ。しかも6月号がお気に入りなの」
一郎「背景が好評だったやつね」
あかり「そうそう。私が里帰りしていた頃にあなたが頑張って描いたときの。いつも頬ずりしているのよ」
一郎「ハル。おいで」
赤ん坊の声
一郎「お父ちゃんがお話を聞かせてあげるからな」
あかり「ねえ、今日は私がハルにお話聞かせていい? 実はね子供の頃、物語を考えていたことがあるの」
一郎「そうなのか。俺も聞きたい!」
赤ん坊の笑い声
あかり「そんなに期待しないで。えっと、ある国に王子様がいました。王子様は字が読めないけれど、絵を描くのが大好きで……」
ハル(回想)「僕、愛されているんだ……。僕、生まれてきてよかったんだ……生きてきてよかった……」
一郎(独白)「そうだよ、ハル。誰だって生まれてきていいんだ。誰だって生きていいんだ。お話の世界の子も、現実の世界の子も。みんな、みんな」

#創作大賞2023
#オールカテゴリ部門

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