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ハッピー・アワー/濱口竜介(2015)

 世界三大映画祭受賞は黒澤明監督以来と騒がれていますが、まだ一般的に彼の名前がメデイアによく出るようになったのは、アカデミー賞受賞の「ドライブ・マイ・カー」からですが、現在公開中の「悪は存在しない」の美しさと凄みを考えるとどうしても観たかったのが、演技未経験の4人の女性遠主役に据えた5時間17分の長尺作品「ハッピー・アワー」
 映画が始まると突然、ゴダールの映画に出て来そうな抜けた青空、リヴェットやロメールを思わせるぎこちなさ、恥じらい、即興的演技や素人ぽさ、トンネルという異界へのメタファー。
そんな映画の先達への愛情を込めたイデイオムが一気に表出した後は、濱口竜介という映画作家が独自表現方法を獲得しようとする様々な試みを行いながら物語は進行していきます。神戸での即興演技のワークショップから始まり、演技未経験の4人の女性を主人公にした5時間を超える長尺の作品。
そんな試み自体、確立した方法論があるはずもなく、その時々の俳優の仕草や表情そしてその交流から立ち昇る共感と違和感は入念の予行演習後、一旦それを無にした後のよりスポンテニアスな演技だからこそ生まれて来る「インプロヴィゼーション」だと思います。
4人の女性は既婚でも微妙な夫婦関係、妊娠中なのに離婚調停中、思春期の子供を持ち姑と同居、バツイチとその人生を背負い始めておりそれが顔や表情に現れ始める30代後半。
 そんな抱えているものの扱いに悩まながら、あるものは失踪し、またあるものはカサヴェテスの映画に出て来る役者のように深い感情を吹き出し、また終盤のレズビアン的ムードにハッとさせられます。5時間という長尺にも関わらず、そこには映画では描かれていないサイドストーリーが多数あるはずで、シナリオの深さをもっと味わうために改めてシナリオブックも読みたくなりました。
 先達へのオマージュ、入念な準備と即興、そんなヌーヴェルバーグの蒔いた種から生まれた濱口竜介が今公開中の「悪は存在しない」に到達する前、メジャー・デビュー前のインディ・バンドのような研ぎ澄まされながら、未完成な隙が観るものを物語り誘い込む5時間17分の体験でした。

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