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恋物語。叶わずとも

うわーーん

交番前でひとりの少女が号泣している

お巡りさんも困り顔だ

この少女に何があったのだろう。

解明するために少し時を戻そう。


ここはその少女が生活を営む一軒屋。

少女は母親と2人暮らし。少女はまだ6歳にも関わらず整った顔をしていて、人気女優の芦田を彷彿とさせる美貌を持ち合わせている。

2人暮らしと言ったが正確にはそうではない。

沢山のむし達もその一軒家に同居しているのだ。

このお話のもう一人の主役、くものホランドもこの一軒家に同居するむし達の1人である。


☁️


俺はくも。みんなからはホランドって呼ばれている。どうやら最近人間界を魅了している、くもがヒーローの映画で主役を演じている役者の名前らしい。

俺もその映画は何度も観たが、確かにあいつは愛嬌もあってカッコいい。だからホランドという名前、とても気に入っている。


そんなくものホランドがあの女と初めて出会ったのは桜が緑色に変わる季節だった。

女のことは友達の蚊やコバエからよく噂を聞いていた。

通り名は霧の魔女。

目が合った瞬間、得体の知れない霧に包まれ、痛みさえ感じずにあの世送りにされるらしい。

実際、蚊やコバエの身内は何人もその霧の餌食になってしまったらしい。

こりゃやべぇ奴がいたもんだ。


そんな噂が広がっていたものの、俺の日常はいたって平和だ。

ご自慢の自家製糸で作った俺の服は、今日もバカ売れだ。夏は涼しく、冬は暖かい。肌触りだって極上だ。何よりデザインの良さが受けている。

ファッショニスタのコバエ達も俺の創り出す服の大ファンだ。いつもこぞってやってくる。

もちろんタダじゃない。

見返りに俺の好きなクッキーを貰っている。このクッキーが美味しいのなんのって。


☁️


その日も、ホランドはコバエ達から貰ったクッキーを食べ、るんるんで散歩していた。

その時。

何かの存在を感じ、悪寒が走った。

霧の魔女が背後に立っていたのだ。

これは逃げないとヤバイぞと本能が訴えてくる。

早く逃げろ!

早く逃げるんだ!!

わかってる

わかってるのに体が震えて動かない。

ホランドは悟った。

あぁ死んでいった奴らもこういう状態だったんだな。

こんな圧倒的恐怖を前に動けるはずもないな。

せめて死ぬ前に魔女の顔を睨みつけてやる。

そしてホランドは渾身の力を振り絞って、身体を反転させ、魔女の方を見た。

その時ホランドは、魔女と確かに目が合った。

魔女もホランドを確実に認識し凝視していた。

この後、霧に包まれて気づいた頃にはこの世にはいないのは明白だった。

ホランドは死を覚悟し、

「もう一枚クッキー食べときゃよかった。」

そう思いながら目を閉じた。


☁️

🕷

☁️


しばらくして目を開けると、そこにはさっきまでと同じ光景が広がっていた。

ホランドは死ななかったのだ。

呆然としていたが、恐怖心は無くなっていた。

我に帰り、もう一度顔を見上げる。

そこにいたのは魔女ではなく、

天使のような笑顔の少女ではないか。

少女は何をするわけでもなくこちらを見ている。

ニコッと笑って、その場から去っていった。

なんだったんだ。あれが噂していた魔女なのか。

しかも、この胸の高鳴りはなんだ。

まさか俺はあの少女に恋してしまったのか。


☁️


それからと言うもの、ホランドは何をしていてもあの子の笑顔が頭から離れない。

もう一度あの子に会いたい。あの子に見つめられたい。想いは日に日に強くなっていく。

でもこんな小さな体のままじゃだめだ。あの子を守れるくらい逞しくならなくては。

その時ホランドの捕食者としての本能にスイッチが入った。

大きくなるには食べないといけない。

ホランドは我を忘れ全てを喰らった。

全てだ。友だちの蚊も、ホランドの服を気に入ってくれていたコバエ達も。全て。

気づけばホランドの周りにはもう誰もいなかった。

でもそれでもいい。あの子と一緒になれるなら。


☁️


全てを喰らい尽くし逞しくなったホランドは、初めて少女と出会った場所に戻ってきた。

少女もそこに現れた。

ホランドは必死に叫び始めた。


また来てくれてありがとう。

見てくれよ、俺はこんなに大きくなった。

君を守るためだ。

君は悪魔なんかじゃない。天使だ。

俺は君のことが大好きだ。

今なら君を守ることもできる。

だから俺と結婚してください。


ホランドの愛の言霊が鳴り響いた。

その瞬間だった。

その声をかき消す程の音が聞こえてきた。

シューーーー!!シューーー!!


これはもしや、この心地よい霧は、、、

意識が薄れゆく中で

微かに、

だが、しっかりと聞こえた少女の声

その時少女はこう言ったんだ

「、、、大きくなりすぎなのよ。」


☁️少女視点☁️

ある朝、家から出かけようとしたら小さなくもが玄関にいた。

お母さんから、くもは良いむしだから殺しちゃダメよと言われていたから、殺さなかった。

でも今はどうだ。こんなに大きくなっている。

図体はボディビルダーみたいなのに、足だけヒョロヒョロしてて見るに耐えない。

吐き気を催してきた。このままでは私が先にどうにかなってしまう。殺すしか手段は残されていない。

少女は床の端に常備してある、殺虫剤スプレーを手にした。そして躊躇なくスプレーの引き金を引いた。

殺戮の音が鳴り響いた。

シューーーー!!シューーー!!


「、、、大きくなりすぎなのよ。」

そのままくもはひっくり返り死んでしまった。

はーー!これで安心ね。

しかしこの時、何かが心に刺さった。

誰かが私のこと大好きって言ってくれていた気がした。

なんなんだろうこの気持ちは。

少女の心に刺さった小さな言霊の針は、

ジワりジワり確実に心に浸透していった。

もしかしてこれがお母さんが言ってた、誰かを好きになるってことなの?

私くものこと好きだったの??うそでしょ?

だってくもよ。そんなわけない。

否定すればするほど皮肉にも気持ちはくっきり明確になっていった。

私はくもが好き。

誰になんて言われようとくもが好き。


その気持ちに気づいた時、くもはもう死んでいた

少女は絶望した

絶望してふらふらアテモナク彷徨って

交番の前

お巡りさん、

私、わたし、好きな人殺しちゃたよ

うわーーん


その泣き声を受け止めてくれるのは蜘蛛ではなく何重にも重なったどんよりとした雲だけだった。


愛する人を殺してしまった少女と

愛する人に殺されてしまったくも

そんな2人の叶わなかった恋物語。

終わり


あとがき

僕が初めて書いた小説をアレンジしてみました。見返すと当初の描写はあまりにも過激な表現が多かった。それだけ穏やかになってきたってことかな。



ここまで読んでいただきありがとうございます。