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少女の使命 (第二回絵から小説用)

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とある者たちは彼女の左半身からの景色を奪い去ってこう言った。

「彼女の目は怒りに満ちている」

またとある者たちは彼女の右半身からの景色を覆い隠してこう言った。

「彼女の目は希望に満ちている」

彼女はただそこに存在しているだけなのに。人間は自分が見たいように宇宙を創り替えてしまう。

ただそこに存在している彼女。

彼女は世界が疫病に侵されていた2022年に生まれた。

名をヘレンと言う。

ヘレンは生まれた時から“少女“だった。

肩まで伸びた黒髪がよく似合っている、見た目はどこにでもいるような少女だ。だが、ヘレンは神に選ばれた者だった。

なぜ神がヘレンを選んだのかは不明だけれども、神はヘレンを選び特別な力を与えた。

その神が、どんな神なのかは諸説あるが、ヘレンが誕生した数日前に数百年に一度の特別な猫の日が訪れたことから、ヘレンをこの世に生み出したのは猫の神様なのではないかという説が有力となっている。

そう言われてヘレンの肖像画を見てみると、眼がどことなく猫を思わせなくもない。

そんなヘレンの眼。その眼に大いなる力が宿っているのだ。

ヘレンが右眼でウインクをすると、真の悪の姿が浮かび上がった。

そいつらはイメージの悪い言葉を隠れ蓑にしている。

その当時であれば、最大に悪いイメージの単語は「ロシア」であった。

だがロシアにいる善良な人々を憎んではいけない。

それが奴らの狙いなのだ。愛することに漬け込んで憎むべきでない対象を憎ませる。そして愛を人質にとるのだ。

憎むべきは、その奥に潜む悪魔だ。暴食、色欲、強欲、憤怒、惰性、嫉妬、傲慢に取り憑かれた悪魔だ。

ヘレンの目はその悪魔を捕えて逃がさない。

ヘレンが映し出した悪魔の姿は全てのデジタルコンテンツに投影された。テレビ、映画、スマホ、パソコン、ありとあらゆる画面に。


一方でヘレンが左眼でウインクすると、真に助けを求めている人々の姿が浮かんできた。

笑顔を隠れ蓑にして涙と叫びを封じ込めてしまった人々だ。

その人達は誰も自分のことなど見てくれてなどいないと思っている。助けて!と叫んでも誰にも聞こえないと思っている。

ヘレンの目はそんな人々の嘆きを絶対に逃さない。同じく全ての画面に彼らの叫びが投影された。

だが人々は動かなかった。どこかのハッカー集団の仕業くらいにしか思わなかったのだ。

ヘレンは絶望した。映し出すだけではなにも解決しないことを悟ったからだ。

だからヘレンは行動を起こした。大聖堂の中央で、そっと両眼を閉じ、床に膝をつき、赤ちゃんの視線よりも低い位置まで頭を下げた。

その姿は猫が伸びをする姿勢と類似した。

その姿勢を保ち、私はあなたたちの理解者だと改めて示した。

英語で表すと分かりやすい。理解するはアンダースタンド。下に立つ。理解するとは下に立つことなのだ。だからヘレンは他者よりも視線を下にすることで、全ての他者を理解しようと努めた。

ヘレンはその姿勢のまま、長い時間を費やして、祈った。

これからする行動によって人々の心が動くことを。

大聖堂の扉の隙間から春を告げる聖霊たる風の気配がした。

屋根に設置された窓からは麗かな神光が入射し、ヘレンの周囲一体を照らした。

数時間後、ヘレンは立ち上がり息を整えた。

両眼は閉じたままだ。

右手には、ひと一人も貫くこともできぬような棒を握りしめている。

なにかの覚悟を決めたヘレン。

両の眼を見開き、握りしめた棒を天に捧げ、一気に地獄に振り下ろした。

♪ ♪


♪  ♪

ヘレンの棒の動きに合わせて、パイプオルガンが、クラリネットが、トロンボーンが、マリンバが、ヴァイオリンが、人間の歌声が、波となって世界に鳴り響いた。

その波は愛と信頼と希望に満ちていた。

その波は真の悪者の邪気を奪い去り、真に助けを求めている者に希望を与えた。

一瞬だけだったが、世界が微笑みで包まれた。

演奏が終わった。

ヘレンの周りは血の海となっていた。穴という穴から血が溢れたのだ。眼から、鼻から、耳から、口から。赤い薔薇が溶け出したかのような真っ赤な血だ。血の色からもヘレンはほとんど人間と同等の存在であることが判別できた。

ほぼ人間のヘレンが力を使いすぎるとどうなるのかは本人が一番よく理解していた。

ヘレンにとって音を届けるための指揮は命を全て捧げる行為だったのだ。

そのことを承知でヘレンは指揮し続けた。

ヘレンはこの惑星、地球にいる全ての生命を愛していたからだ。

最後の音が消えてから、数分後。

血の海にヘレンは前向きに倒れた。

そんなヘレンを風が運び森がヘレンを取り込んだ。

全ての力を使い果たしたヘレンは、この森で100年の眠りにつく。

そして100年後、ヘレンは再度起き上がり、平和の音楽を鳴らすのかもしれない。

かつて日本国で捕虜だったドイツ人たちがベートーベンの第九を演奏したように。

100年後ヘレンが見る世界は、またヘレンの音楽を必要とせざるを得ない世界なのだろうか。

また1人の少女に全てを背負わすのか。

もし私がヘレンだったなら、私は愛に対してどう行動するのだろうか。



終わり



こちらの企画に参加させていただきました。見た瞬間に引き込まれる絵ばかりです。またしてもnoteを通じて才能と出逢った瞬間です。清世さん、素敵な絵と企画をありがとうございました。

#第二回絵から小説


ここまで読んでいただきありがとうございます。