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溢れる 第二章のに 《短編小説》

第一章

第二章のいち

第二章のに

part8

エリイの家は人魚のサナに出会った砂浜のすぐ近くにある。

エリイの両親は、アフレル国では珍しく小柄だったため、漁師のサポートに徹する仕事に就いていた。

漁師でさえ普通の生活ができるか危ういのに、漁師のサポートしかできないエリイ家はいつも貧乏な暮らしを余儀なくされていた。

貧乏な中での救いは、両親がエリイのことを大切に育ててくれたことだ。

エリイがクリスマスに欲しいと言った高級な着せ替え人形はプレゼントできなかったが、その代わりに人形を描ける色鉛筆とノートを贈った。

当時のエリイはこんなのいらないって泣き叫んだけれど、今では、そのノートに綺麗に着飾った人形の絵が並んでいる。

そして同じノートの一番最初のページにはこう記されている。

『私の夢は服で人を幸せにすること。夢なんかでは終わらせない。服職人に私はなるんだ』

普段は大人しいエリイだが夢の話をしだすと人が変わったかのように饒舌になった。

ライアンが初めてエリイとナーサの前でダンスを披露した時も、それまでは終始エリイの夢の話だった。

「人は内面が大切だって言う人がいますが、私はあの考えは苦手です。だってほら、あそこのカウンターにいる人がウェイターだって理解できるのは、あの人がウェイターらしい服装を着ているからなんです。どうしたって人は外見で人を判断してしまいます。ということは、外見をその人に似合う服で飾ってあげられれば、その人の魅力を最大限に伝えることができるってことなんです」

届いたステーキの鉄板の音がしなくなってもエリイの話は続く。

「だから、私は服職人になるのが夢なんです。だけど服職人になるには、高い学費を払って専門機関に学びに行かなくちゃいけないんです。親に頼ることもできないし、働く量を増やさないといけないって考えてるの」

エリイは、両親と同じく体格には恵まれなかったが、頭は良かったので、年下の勉強をサポートしたり、字の読めない漁師に文字を教えたりしてお金を稼いでいた。

ライアンが首を傾げている。

「エリイ、お前いつも働いてばかりなのに、なんで学校に行く金もないんだ?」

それはお金に困った事のないライアンの悪意の無い純粋な疑問だったが、エリイには刺さった。

エリイの両親は困った人を見ないフリができない人達で、怪我をして海に出られない漁師の世話をし過ぎてしまう。普段でさえギリギリな生活なのに、そのせいでもっと窮屈な日々になってしまっていた。

「ママとパパのことは尊敬しているけど、なんで私の未来のことを、もっと考えてくれないんだろう」

エリイを照らすサンゼリアの灯りは橙色に揺れていた。

Part9

エリイの哀しげな表情をどうにかしようと思ったのだろう。その話をした次の三人で会った日、ライアンはキャベツが入るくらいの布袋をエリイの前に差し出した。

「これ使ってくれ。俺が持っていても意味ないんだ」

その袋の中には服職人の専門機関を卒業できるほどの大量の金貨が入っていた。

その金貨を見つめた後、エリイは顔を押さえてサンゼリアを飛び出していってしまった。

ライアンが追いかけようとしたが、サナが制した。

「私がいってくるから、ライアンはここにいて」

そう言ってサナがエリイを追いかけた。エリイはサンゼリアと隣の建物の隙間にできた影の中でうずくまって泣いていた。

影の上空では鷹が優雅に泳いでいる。

サナはエリイの背中を優しく撫でる。髪を撫でる。そして抱きしめた。

「ライアンの優しさだってわかってるの。わかってるのに同情されてるんだって思ってしまって。私の夢は誰かに同情されなきゃ叶わないのかって思ってしまって。そしたら泣くのを堪えきれなくて」

サナはエリイの目を見つめる。

「同情されて叶う夢であってもいいじゃない。それにエリイもわかってるように、あれは純粋な優しさよ。エリイの夢が誰かを幸せにすると信じているなら、あなたはどんな手段を使ってでも夢を掴みなさい。そしてライアンを許してあげて」

その後、エリイとサナはサンゼリアに戻った。エリイはやっぱりライアンのその優しさを受け取ることはできなかった。そのかわりに最大限のありがとうをライアンに伝えた。

Part10

帰宅後、エリイは両親に初めて自分の夢について話をした。

話終わると、両親はライアンが持ってきた袋より大きな袋をエリイの前に出した。

袋にはエリイが生まれてからコツコツ貯めてきた金貨が入っていた。そしてその一部は両親がいつもサポートしている漁師達から貰った金貨でもあった。

「普段、不自由な思いばかりさせてごめんね。欲しい人形さえ買ってあげられなくてごめんね」

「エリイ、あなたが生まれた時に、ああ、この子は夢を叶えられる子だって私たち感じたの」

「だからエリイ、夢を抱いてくれてありがとう」

ママとパパはエリイを抱きしめた。

窓と窓との隙間から風がエリイのノートをめくる。

夢を示す。

翌朝、エリイは左足を前に踏み出し家を出た。

エリイの服職人への第一歩だ。

続く

ここまで読んでいただきありがとうございます。