欲しいもの(ショートショート)
夜の22時00分。スマホがクリスマスの曲を鳴らしながら震え出した。待ちに待った春も、いつの間にか晩春と呼ばれ、夏がその座を奪おうとしている。
スマホの画面には『大和』と表示されている。大和とは大学のゼミが同じだった。異性に対して一目惚れするってのと同じように、大和に一目惚れした。恋愛感情とかそういうのじゃない。一目見た瞬間に、こいつとは親友になるんだろうな、と直感が働いた。
昔からこういう直感は当たる。現にどの彼女よりも大和と過ごした時間の方が長かった。それに、どうでもいい知り合いと過ごした時間よりも無駄な時間をも共有した。
大学の課題レポートに取り掛からないといけないのに、数週間も二人とも夢中でテトリスして時間を無駄にした。
大学の授業に出なければいけないってのもわかってるのに、映画が公開される度に二人でコナンを1話から見直して数ヶ月を無駄にした。
世間はそれを無駄な時間と言う。
そんな無駄を共有した大和からの着信だ。
電話に出るや否や、大和は興奮した様子で俺にこう伝えてきた。
「おい、裕二聞いてくれ、宝くじで10万円当たった」
ビデオ通話にしていなかったが、大和がフル稼働で喜んでいる表情が伝わってきた。
俺は適当に相槌を打ちながら、その10万円で何が買いたいのか尋ねてみた。
「そうだな、最近生活カツカツだったから、仕事着を新調できていなかったから、仕事用の靴二足と、ワイシャツを二枚、靴下三足と、肌着を二枚、ネクタイも新しいのにしようっかな」
嬉しそうに話し続ける大和を遮った。
「おいおい待て待て。折角10万当たったのに仕事のために使うのかよ」
「そうだよな。でも...」
大和曰く、10万円当たって嬉しかったものの、いざ欲しい物を思い浮かべた時に、これと言って欲しい物が出てこなかったらしい。
そこで大和はこういう時のお決まりの質問を俺に投げかけてきた。
「裕二だったら何を買う?」
俺だったら何を買うか。何を買うだろう。大和の前じゃなかったら、こう答えているだろう。
折角なんだからいつもお世話になっている両親や祖父母のために何か買ってあげたほうが良い、と。
だが、こんなのは本音ではない。しかも大和は折角第一希望の会社に入社できて日々仕事を頑張っているのに、入ってくる給与は少なく生活するだけで精一杯なのが伝わってきた。
だから、ここは素直に俺が今一番欲しいものを大和にも伝えよう。
「俺だったら美容グッズを買う」
予想通り大和は驚いた様子だった。しかし、俺は本当に美容グッズが良いと思っている。何故なら大和はイケメンだからだ。そして俺は欠点を補うよりも、長所を伸ばすほうが良いと思っている。
時代が刻一刻と変化しているが、変わらない価値観がある。
それは人間は美しいものに惹かれる、ということである。なにを美しいと感じるのかは、時代や国によって異なるけれど、現代においての美しさの一つの基準は『ツヤツヤ』だ。
肌がツヤツヤであるだけで、人は人を健康的だと思ってしまう。健康的でありイケメンであれば、それはもう鬼に金棒ってやつだ。
だから俺は大和に美容グッズを強く勧めた。
俺の勧めが本気だと感じた大和は
「今までは洗顔くらいしかしてこなかったけれど、お前がそこまで言うのなら試してみるか」
と言ってくれて、電話を切った。
◇
二日後の夜の22時00分。四日後の夜の22時00分。また電話があった。また大和からかと思ったら、雅史と総一郎からだった。こいつらもゼミが同じだった友達だ。
不思議なことに雅史も総一郎も、大和と同じことを言ってきた。
「宝くじ10万円当たったんだけど、何を買えばいいかな?」
たぶん裏で大和が何かを企んでいるんだろうな、と思いつつも、二人のためになりそうなものをアドバイスした。
食いしん坊の雅史には、お取り寄せグルメを何個か勧めた。
ミニマリストの総一郎には、花の定期便の存在を教えた。
二人のためにと言いながら半分は自分が今欲しいものでもあったが、二人とも凄く喜んだ声で電話を切ってくれた。
◇
大和から電話があった日から10日後。
朝の10時00分。
相変わらずのクリスマスソングに設定されたままの俺のスマホ。ではなく、チャイムが鳴った。
こんな時間にチャイムを鳴らすのは勧誘か宅配だけだ。どちら様ですか、と尋ねたら、案の定、宅配だった。案の定では無かったのは、訳がわからないほどに大量の荷物が届いたことだ。
送り先には連名で、大和、雅史、総一郎の名前が書かれていて、品名のところには大和の字で、
詐欺じゃないから、安心して受け取れ。
と記入されていた。
両手で抱えきれないほどの段ボールが三個。中には俺が三人に勧めた欲しい物が詰め込まれていた。
美容グッズに、お取り寄せグルメに、綺麗な花々。
それに俺がお薦めしていないものまで入っていた。
テトリスのゲームソフトとコナンの漫画全巻とアニメDVD全巻。
そして段ボールの底に一枚の紙切れ。大和の字だ。
◇
裕二へ
どうだ俺たちのサプライズ。誕生日でもない時にするサプライズって斬新だろ。裕二、俺たちはお前が何をしていようと、お前の友達だ。いや、照れ臭いが親友だ。俺がお前にしてやれることなんて、これくらいしかないけどさ。裕二、欲しいものに囲まれるって幸せだろ。お前はいつも人の幸せばかり祈るやつだから、たまには自分のための幸せに包まれておけ。それでいつか、雅史や総一郎たちと映画を観に行こう。
◇
2枚目の紙にはこう書いてあった。
有効期間無限の無料映画チケット※但し、俺と雅史、総一郎同伴が条件
俺はすぐさま、ヨレヨレのスウェットの袖を目に当てた。涙で大切なチケットを破いてしまいそうだったから。
俺は就職活動に失敗した。大和や雅史、総一郎が第一志望の企業への内定が決まっていく中、俺だけが落ちまくった。そして第何志望なのかもわからない企業に、御社が第一志望です、と嘘を並べて、やっと内定を貰った。
それから三人に会うのがどうも恥ずかしくなってしまった。変な劣等感みたいなのがあったのかもしれない。
何の目標も無くただ入社しただけの仕事が長続きする訳もなく、クリスマス前から仕事を休みはじめ、年明けには退職代行サービスを利用して、仕事を辞めた。
そこからの数ヶ月は、地上にいても、地上に居なかった。転職活動もうまくいかず、春になってもクリスマスソングが流れるだけだった。
その止まった時間を大和が動かしてくれた。
久しぶりに上を見た。
時計は12時00分。
太陽もあほみたいに真上で調子に乗っている。
再び動き出した時間。
有効期間無限の無料映画チケットを使う時はすぐ訪れそうだ。
終わり
ここまで読んでいただきありがとうございます。