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Too much(ショートショート)

心地良いとは真逆の頭の痛みと共に朝を迎えた。またやってしまった。お酒をどれだけ呑めるかが、男としての器の大きさと勘違いしてしまって、飲み過ぎてしまう。ちっぽけで空っぽな男だ、俺は。

しかも今、この瞬間だけは、もう二度とこんな失態は犯さないと決意しているのに、二週間もしたら、また同じことを繰り返しているのだろうな。なんなんだ、俺は。

どんなことでも、過度は禁物だってことは、あの時、深く学んだはずなのに。

心臓の右心房に突き刺さった、too much。

実体のある刃物で刺されたほうがまだマシだと思えた。だってそれなら死ねる。もしくは超人的な生命力で刃物を抜き取って、生きていける。

だけど実体のないtoo muchという言の葉じゃあ、死ぬことも、抜くこともできやしない。ただ何日も、何週間も突き刺さったまま。こんなに痛いのに。

でも本当に辛かったのは、それを言った君のほうだ。



君を初めて見た瞬間に感じた。絶対にこの人に恋してしまうって。そんで案の定、好きになった。

気づいたらどうしようもなく、世界が君だけになっていって。

今ならわかる。独りよがりだったってこと。でもそんなの当時は全く気づけてなくて。1人で舞い上がって、1人で楽しんで、1人で愛してた。

全部1人。こんなもん、愛じゃない。

だから君との最後の旅になったサンフランシスコからの帰りの電車内で君にtoo muchを言わせてしまった。そう言わせるまで気づけなかった俺は本当に大馬鹿野郎だ。そのあとだって傷ついたのは自分だけだって、被害者ずらしてた。言われるより、言うほうが辛いのに。失ったのはお前だけじゃないんだぞ、って親友に諭されるまで気づかなかった。

大切な人を失い、失わせてしまい、そこでやっと、やっと気づいたんだから、遅えよ。

それにその後だって、急に人間変わりやしない。過度に愛し過ぎてしまいそうになる。だけどそんな時に君が最後にくれたtoo muchが右心房で疼いてブレーキをかけてくれるんだ。また大切な人にtoo muchって言わせていいのかって。自分の想いだけで行動して、大切な人にあんな悲しい顔をさせていいのかよって。

愛は本来大切な人を笑顔にするためのものなのに。1人でするものじゃなくて2人で育んでいくものであるはずなのに。

だから、俺は、

もう絶対too muchなんて言わせやしない。

独りよがりに愛し過ぎたりなんてしない。

絶対にだ。

腕を名一杯天井に近づくように伸ばして拳を突いた。

おい、おい、おい。

高尚なことを宣言する心意気は良いんだが、せめて歯くらい磨いてからにしろ、そう言うことを言うのは。情けねえ野郎だ、ほんとうにお前は。

情けない、そんな俺の上にも太陽は登ってきてくれるんだから、ありがてえ。

無様に藻搔いて書いて描いて、学べ。

終わり





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