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こちらの企画に参加させていただきます。3月14日まで募集中だそうです。 ❄️ 日和は、初恋と言うドラマを見ながら、自分の初恋にタイムトラベルする。一軒家の玄関先では少しでも暖かさを求めたデブ猫が日向で寛いでいる。 ◇ 思い返せば、小学生の頃、なんであんな奴の事が好きだったのか分からない。 日和は虎太郎のことが六年間好きだった。 虎太郎は日和たちが熱狂していたアイドルとは真逆の容姿をしていた。 髪は丸刈りで、そのくせ少し髪が伸びてきたら必ず後頭部に寝癖をつけて登校
人は落ち込むと大地に救いを求める。 最愛の人物から 「ごめん、別れよう」 だなんて言われたなら、もう味方は大地しかいない。 大地に目を向け、全身で抱えきれない感情を口から吐きだすしか逃げ道はない。 そうしなければ何かもっと大切なものが壊れてしまう。 だから人々は落ち込むことがあると下を向き、大地に救いを求める。 そしてこの男、落ち込まない事だけが取り柄の大路が、下を向いている。 よほど酷いことがあったと推察できる。 したくなる。 だが、違う。 大路は、た
嫌になったの? 言葉にすら昇華されない、内なる想い。何もかも無くなったマンションの一室。秋。実り。かぼちゃ。さつま芋。ほくほく。紅葉。どんな紅葉を観ても単純には楽しめない。 知っているから。 この後、無惨に散ってドス黒くなるまで踏み付けられるって。 恋愛だってそう。 単純に楽しめてたのっていつくらいまで? もしかしたら初めて付き合ったあの人の時だけだったかもしれない。 知ってしまったから。 原因がどうとか、振ったのがどっちとか、性格が合わなかったとかって関係な
まだ家具も家電も届いていない引越し先で、独りで夜を過ごしてはいけない。奴が来る。奴が現れた所に暗闇は無い。窓も床も血痕も全て白に染まっている。奴の前では全て無駄。どれだけ悲鳴を上げようが、包丁で幾度突き刺そうが、奴には届かない。誰にも響かない。逃げ場は無い。できることは一つ。奴と対峙したならば、自らの死を覚悟する。それだけは可能。それ以外は不可能。これだけ私が注意喚起しているのに、ほら、またあそこ。カーテンも付けずに眠りに堕ちようとしている若い娘がいるぞ。そこには、必ず、奴が
歯ブラシ。焦げ付いたカレーを鍋から削ぎ落とすかのように力任せに磨くからさ。ほら、案の定、ぼろぼろだよ。 ひよこ。つぶらな瞳が私と似ているね、って盛り上がって、2000円もかけて手に入れたのに。ディズニーのぬいぐるみの横に並べてみたらさ、可愛さの格差に愕然として。 マスタード。特製ポテトサラダを作る時にだけ使うからさ、いつも使い切る前に賞味期限が切れちゃって。10月だから大丈夫だって一安心したのに、よく見たら去年の10月。冷蔵庫の中だけ時間が早く過ぎてる説、立証されたんじゃ
外の世界は汗が噴き出してしまう程に熱を帯びているけれど、この場所、アパートの一室は、エアコンと扇風機と夏樹の放つ爽やかオーラのおかげで温度も湿度も雰囲気も心地良い。 「完成したよ。さあ、いただきますをしよう」 「わーい、今日の朝ごはん、どれも美味しそうだね。いただきます」 食卓に向かい合って座った私と夏樹は各々手を合わせ、目はお互いのを合わせ、元気よく食前の挨拶を交わした。 テーブルの上には、今朝、散歩がてら購入した食パン、クロワッサン、そしてオレンジが並んでいる。オ
田植えが終わって間もない田んぼ、夏樹の街を映し出す。路肩の雑草は好き勝手に伸びている。夏樹は片側一車線の県道を真っ直ぐ進む。助手席では妻が手鏡片手に化粧を直している。ルームミラー越しには双子の娘が談笑している姿が見える。何気ない光景だが、幸せが充填されていく。 夏樹の実家に行く時、娘たちは普段よりも楽しそうだ。大好きなお爺ちゃんが大好物のお寿司を用意してくれている事を知っているからだ。大好きが詰められた方向に向かっているのだから、自然と声色も表情も明るくなる。 二人が座っ
夏。夏最高。田辺夏樹。この名前で冬が好きだ、なんて言えれば会話の掴みとしてはバッチリなのだろうけれど、夏樹が最も好きな季節は誰もが予想する通り、夏だった。しかも夏の中でも真夏が一番だった。 真夏は全てを許してくれる気がして好きだった。鼓膜が何枚も破れてしまいそうな爆音を撒き散らかしながら愛車のSUVで疾走しても、真夏なら許してくれる気がした。 冬なら17時には1日の終わりを予告するが、真夏はギリギリまで1日の終わりを太陽で隠してくれた。そのお陰で、気の知れた連中といつまで
咳をしても一人 明日からも二人 ◇ 一人を嘆くは、著名な俳人、尾崎放哉(おざきほうさい)。 二人を悦ぶは、隠れキリシタンの娘と神学生。 一人と二人の距離、僅か、徒歩五分。 オリーブと海風薫る小豆島。 孤独の象徴とも言える尾崎放哉、終焉の地から、目と鼻の先に恋人の聖地と化したエンジェルロードが存在している。 なんと皮肉なことだろう。 いや皮肉なことではない。 そんなもんね。 ずっと一人だと思っていた人間が、ひょんな出逢いから二人暮らしを開始する。 その一
夜の22時00分。スマホがクリスマスの曲を鳴らしながら震え出した。待ちに待った春も、いつの間にか晩春と呼ばれ、夏がその座を奪おうとしている。 スマホの画面には『大和』と表示されている。大和とは大学のゼミが同じだった。異性に対して一目惚れするってのと同じように、大和に一目惚れした。恋愛感情とかそういうのじゃない。一目見た瞬間に、こいつとは親友になるんだろうな、と直感が働いた。 昔からこういう直感は当たる。現にどの彼女よりも大和と過ごした時間の方が長かった。それに、どうでもい
この物語はうつスピさんの素敵な俳句を元に創作させていただきました。 うつスピさんの句はこちら さいかいを誓った僕ら花のしま くちづけて僕・君・桜全て満つ らいせでは普通の恋を花明かり ↓ そこから物語を紡ぎました。 ◇ うみの青さを覚えているけど つらい時に見る海は真っ黒だ スピッツの春の歌が寄り添ってくれようとも、 ピスタチオと鳴く猫が必死に慰めてくれようとも さんざんな結果だ んー、これはどうしたものか。 ありがとう と君が最後に残してくれた
とある者たちは彼女の左半身からの景色を奪い去ってこう言った。 「彼女の目は怒りに満ちている」 またとある者たちは彼女の右半身からの景色を覆い隠してこう言った。 「彼女の目は希望に満ちている」 彼女はただそこに存在しているだけなのに。人間は自分が見たいように宇宙を創り替えてしまう。 ◇ ただそこに存在している彼女。 彼女は世界が疫病に侵されていた2022年に生まれた。 名をヘレンと言う。 ヘレンは生まれた時から“少女“だった。 肩まで伸びた黒髪がよく似合
晴れ渡った空って海だよね。そりゃ鯉のぼりだって間違えて空を泳いじゃうよ。 ズル、ゴロゴロゴロ、ドカン! 鯉のぼりを見上げることに夢中だったエミリは階段を踏み外して二十段下まで転がり落ちた。せっかく不倫相手と決別することができて新しい日々がスタートするはずだったのに。両脚を骨折してそのまま入院生活に突入してしまった。 様態が落ち着くまでは個室で過ごしたが、一週間経過した時二人部屋への移動を提案された。その病室を先に使用しているのが男性なのが気にはなったが、その男性も両脚を
いつ人生のボタンをかけ間違えてしまったのか不明だと言う奴もいるだろう。だが俺は、鮮明に憶えている。自らの意志でボタンを掛け違えたからだ。 あれは2022年度の大学入学共通テスト。科目は国語。大問1の文章IIにこう書かれていた。 次の文章は、人間に食べられた豚肉(あなた)の視点から「食べる」ことについて考察した文章である。と。いきなり俺のことを豚肉、豚野郎呼ばわりしてきたのだ。俺はこの一文に強い拒絶感を抱いた。中高六年間、俺は周りからブタと嘲笑われ、苛められてきたからだ。周