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家族写真撮影の一日

朝、起きると明け方までの雨は止んでいた。心配していた台風もすっかり過ぎ去ったらしい。

年に一度の家族写真を撮りに行く日。ほんとうは土曜日に予約を入れていたのを、台風で大雨になるという予報を見て、日曜日にずらしてもらったのだ。(結果、土曜日は雨降りだったけれど頑張ればいけないこともなく、すこし申し訳ないことをした)

「いとう写真館」にお願いするようになり、今年で5年目になる。娘が生まれてから家族写真を毎年撮ろうと決めたけれど、最初はここぞというところが決まらず、写真館探しは難航した。うちは、子どもの誕生日に写真館でおめかしして撮影……というのをやっていないので、普段着で撮るこの家族写真が、唯一のきちんと形として残しているものかもしれない。

いとう写真館の撮影は銀塩フィルムの白黒写真だ。だからデータでの納品はなく、キーホルダーやスマホの待ち受けにするサービスもない。当日に好きなカットを選べる昨今の写真館とは違って、仕上がりは完全におたのしみとなる。見られるのは撮影から2ヶ月ほど先で、忘れた頃に届く、新しい1ページが差し込まれたアルバム。表紙をめくるときの緊張感と高揚感、家族の顔を確認しながら思い出す撮影の日のこと、一年前の写真と見比べなから込み上げる思い。
もうこれは、贈り物である。

娘は昨年同様、サンタさんに授けてもらった赤ちゃん人形を抱き、息子は誕生日プレゼントのバズライトイヤーを抱えている。子どもたちのご機嫌も最高潮で、テンションはノリノリ。わたしも夫もたくさん笑いながらの撮影だった。きっと今年も、いい写真になっているはずだ。

撮影を終えて、散歩がてら碑文谷公園へ。ここはボート乗り場がある。大人ひとりに対して子ども2人までが乗れるとのことだったので、夫にオール係を任せ、わたしは池のほとりでスマホを構える係に徹することに。

ゆっくりと岸を離れ、漕ぎ出していくボート。乗り込むときは手を降っていたのに、いざ船が動き出すと、こちらのことはすっかり忘れ、前しか見ていない子どもたちを見ながら、あぁきっと、子どもが母の手を離れていくときもこんなかんじなんだろうなと思う。ほかの客がほとんどいなかったこともあり、曇り空と公園の木々、ぽつんと浮かぶボートは物語のワンシーンのように見えた。

家族写真と抱き合わせで楽しみにしているのが、マッターホーンの喫茶室だ。ひさしぶりに店へ行くと、いつもと違う物々しい雰囲気になっている。1人席のみで、席同士もかなりの距離。コロナ対策だ。さすがにこの配置では子どもたちには厳しいなぁと思って本人らに確認したところ、「大丈夫、パフェ食べたい」と、楽しみにしていた甘いものの魅力が勝ったらしい。夫と娘は窓に向かうかたちで(ずいぶんと離れながら)ひとりずつ、わたしと息子は透明のつい立てを挟んで、大きなテーブルの向かい合わせの席に座った。

華やかなストロベリーシャンティをほおばる息子の姿をアクリルの板越しに、そしていつもよりもうんと離れた距離で眺めながら、今の状況を心から恨めしく思った。仕方がないことはわかっている。わかっているけれど。来年は、4人で小さなテーブルで膝をつきあわせながら、「一口ちょうだい」「そっちはどんな味?」とわいわい食べられますように。

(2020年10月某日)

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