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ケチじゃない。「愛着」や「感謝」を形成してほしいだけ

キラキラなお部屋、キャラもののグッズ、溢れかえるおもちゃ。
子育てをするうえで、ある程度の範囲ならもちろん与えてあげたい。だけどなんでもかんでもはダメなのだ。ひとつ新しい物を買えば、少し前の宝物はあっという間にかすんでしまう。子どもとはそういうもので、私も幼いころはそうだった。
だから「あるもので遊びなさい」と息子によく言う。お祝いやいただきもの、私たち夫婦が思い入れを持ってプレゼントした物たちを粗末にしてほしくないのだ。できるならば対象年齢の最後まで愛用し続けてほしいのだ。

ティッシュ1枚でもお金なんやと教えられた幼少期

これは自営業をしていた父がよく言っていた言葉だ。思春期の頃は「うるさいな」くらいにしか思っていなかったけど、今ならわかる。また、母は、私が反抗したときには「うちのルールに文句あるんやったら出て行ってもらってもいいで。この家はお父さんとお母さんが努力して手に入れた家や。文句言いながら住まれる筋合いはない。」と学生の頃から容赦なく言い放っていた。
自分の子どもにそこまで伝えるかどうかは別として、自分の暮らしや周りにある環境がどうやって成り立っているのかは理解していてほしいと思う。モノや食べ物、今ある暮らしが当たり前じゃない。たった4歳の子どもにそれを理解させようとは思っていないけれど、「愛着」や「感謝」は今すぐ形成できる。それはやがてこの子の「人となり」というやつにもつながっていくんじゃないかと思う。
ケチじゃない。大人になってからは容易には付け加えられない「人となり」をコツコツ積み重ねてほしいだけなのだ。おうち居酒屋をしながらほろ酔いで思ったことを綴ってみた、そんな週末。

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