森永眼 偶な満月の夢「幽霊」(2020.11/30@名古屋・クロッキーF美術館) プロット
〈参加者〉
・ペインター/森永眼(女)
・パフォーマー/玉川裕士(男)
・監修/F
・協力/クロッキーF美術館
〈構成〉
一部 パフォーマンス(玉川+森永)
二部 ドローイング(森永)
三部 パフォーマンス(玉川+森永)
〈コンセプト〉
・失ったはずの手(両腕・肘から先)が再生する(ただし、それは真の再生ではない)
〈第一部〉
師匠の妻からの誘惑を受け、師匠の逆鱗に触れて文壇を追放された作家。ある満月の晩(11月30日)に、絶望して列車へ飛び込み自殺を図るが、死に損ねて両腕を失う。それから丁度一年後の満月の夜、師匠の妻への愛憎からあの事件の経緯を書いて暴露したいが、執筆しようにも手がない。人に助けを求めることもできず、悶々とした気持ちが自分の中で増幅され嘆く。
(列車の走る音)
「…11月30日…11月30日…」
(男が現れ、机のある椅子につく。茶色い衣装の両腕を肘まで出して、黒布をかけている。手を使いたくても使えない嘆きのマイムと、匂わすように断片的な台詞)
「…あの夜…ちょうど一年前の今日も、こんな満月だった…冷たく突き刺さるような、それでいて触れることのできない満月…」
「…いったい私は、どこまで運に見放されているんだ…死ぬ覚悟だったというのに、こんな有様でむざむざ生きながらえているなんて…」
「…いや、まだ死ねない…人から見れば浅ましかろうと、この無念を抱えたままで終われようか…」
「…ああ…忘れたい…忘れられない…忘れたくない…あの甘美な出来事…あれは現実だったのか妄想だったのか…いや、今も疼くこの痛みが、あれは紛れもない現実だと教えてくれる…」
「…そうとも、このままおめおめと引き下がれるものか…全てを暴き出してやる…何としてでも、この罪を償わせてやらねば…」
(机の上のペンを取って書こうとするが、手が無いので当然書けない。悪戦苦闘)
「…くそっ!…書きたい…こんなにも書きたいと思ったことはないのに!…書けない……うう…」
「…書くこと以外に能のない男から、その手を取り上げる…なんという性悪なんだ…運命も…あの女も…」
「…ああ、狂おしい…狂おしい狂おしい!この思いを誰にも伝える術がない!俺には何もない!」
(男、立ち上がりうろうろしながらマイムと台詞で嘆きを続ける)
(女が現れる。白い衣装)
「…畜生…!あの満月の晩になくした、この手さえあれば、あの女を如何様にでもしてやるのに!」
(↑きっかけ台詞で女、男の手の布を剥ぎ取る)
「何だ!?」
(男、周囲を見回す。男には女は見えない)
(女、見えない微妙な糸で男の手を操り始める。男、女の糸に操られる自分の手に引かれるように移動)
(女、男の両腕に白絵の具を垂らすペインティング。落ちた絵の具は下の黒い画面が受け止める))
「…これは…いったい何だ…?何かが…腕を伝っている……染みこんでくる、隙間に入り込むように……腕…腕だと…!?馬鹿な!」
男、存在しないはずの手に、感触が少しずつ甦ってくる(幻肢?)。
(女、ペインティングを終えて去る)
男、手の再生に戸惑い、驚き、やがて歓喜する。
「ああ…ああああ…どうなっているんだこれは!?」
「そんな馬鹿な!これは幻か?それとも俺は狂ったのか?」
「…ある…あるぞ……、たしかに俺の手だ…手が…腕が…指が……、動く、動くぞ!…フハ…ハハハ…ハハハハ…ハハハハハハハハ!」
(男、手を見せる様式でブラックマジック的なパフォーマンス)
「…これなら書ける…また書ける…そうだ書けるぞ、あの時あったことを!…俺を生き地獄に堕とした奴の全てを、何も知らない人々の前に晒せる……フフフ…目にもの見せてやるそ、あの女に!」
(暴露の日記を著わすため、机について書き始める)
「…3月某日…今日も、あの人のねっとりと絡みつくような視線を感じた。私の気のせいだろうか…
4月某日…このところ、先生のいないところであの人に露骨に近づかれるようになった…本当に、このままでいいのだろうか…
5月某日…その時、あの人の白い手がそっと触れると、私の手の震えは恐ろしいほどにぴたりと止まった…」
(暗転)
〈第二部〉
森永(幽霊)のライブペインティング(観客は出入り・撮影自由)
・11月・霜月がテーマ。
・第一部で黒い画面に落ちた白絵の具を使い、手で顔のような形を描いていく
・白黒で目が潰れた(若しくは溶けた)女の顔になる
〈第三部〉
(列車音+警笛が続いているような不快音)
(女、絵を描いている)
(男が現れ、椅子に掛けて自分の書いた原稿(暴露の日記)を朗読する)
「3月某日…あの方に初めてお会いしたのは、青雲の志を持つ文筆の徒として、遅まきながら憧れの先生のお宅を初めて尋ねた時だった。私は、まるで青臭い少年のように緊張していた。立派な玄関で、清楚な着物の似合うあの方が、優しく微笑んで私を迎え入れてくださった。ああ、何という美しさだろう。涼やかな声、淡く薫る匂い、そして全てを見通すようなあの目…」
(女、男に近づく。男、手に違和感を感じるが朗読を続ける)
「4月某日…駄目だ、そんな目であの人を見てはいけない。あの方は、決してそんなつもりで私に接しているのではない。これは先生への信義にもとる感情だ。それ以上に、あの方へ失礼だ。あくまでも私の汚れた願望に基づく邪推だ。そうだ、そうに決まっている。あの人はそんな女ではない。私が、誘われているだなんて…」
「5月某日…ああ、なんといういけない人なんだ…。その日、急な呼び出しを受けて伺ったお宅には(内心思っていた通り)先生は不在だった。今までで見た内で一番輝いた表情で、あの人が迎え入れてくださった。耳の中で自分の脈動が激しく鳴り響く中、ぎこちなく手を取られた私は、これが、これこそが私たちの運命なのだと確信した。そのまま何かを吸い取られるかのようにように、私は奥へといざなわれた…」
(女、男から離れる)
「6月某日…あの日の恍惚の余韻をいまだに抱えていた私は、またも急な呼び出しを受けた。期待と共に伺った私をあの人は、あの日と同じように玄関先で待っていた。しかしその面には、あの輝きは見られなかった。感情の読めない目を見ながら私が挨拶すると無言で奥へ下がり、程なく先生を伴って戻ってきた。戸惑う私の前へ仁王立ちになった先生は、無言のまま手にした杖を頭上に振りかざした。身をかわそうという考えさえ浮かばなかった。鈍い音と共にその場へひっくり返った私に先生は『二度と顔を見せるな』とだけ吐き捨て奥へ消えた。額が熱い。何か流れている。じんじん響く。目眩だろうか、涙だろうか、うずくまる私を残して先生の後へ楚々と続きながら、一度だけ振り返ったあの人の口元は、どこか歪んで見えた…」
「8月某日…文壇の重鎮である師匠の怒りを買った私など、もはや誰も相手にしてくれない。先生の口添えで頂いていた幾つかの仕事も全て打ち切られた。あちこちで頭を下げ、土下座してすがりつき懇願する私は、『自業自得だ』『世渡りも知らないのか』『そこにいては迷惑だ』等と、散々な言葉を浴びせられた。屈辱だけが積み重なっていった…幾人からは、あの女にまつわる想像もしなかった噂も聞き及んだ。自分の崇拝者たちから全てを奪い尽くし、そして捨てる女…そうした話を聞く度に、頭の中で、胸の内で、大切にしていた何かが音を立てて崩れていくのを感じた…」
「11月30日…最後に残っていた酒を呑み終わった。全て終わった。覚悟も決まった。もうこれ以上生き恥を晒すつもりはない。そろそろ近くの線路を最終列車が通る時間だ。のろのろと靴を履きながら私は思った。物書きとして、一人の男として、最後の意欲をもってしたためた「この手記」、これを明日にでも、醜聞好きな記者どもが見つければ、きっとあの女の本性に興味を持って、その正体をあまねく世間に知らしめてくれるだろう。二度と公衆の面前に姿を出せなくなってしまえばいい。ざまあみろ、俺をもてあそんだ売女め!」(←台詞にすると解りにくいため「牝豚め!」に変更)
(女、男の持っている原稿を叩き落とし、男の手を取って赤い絵の具を塗る。男、手の自由が効かない。幽霊、再び見えない糸で男の手を操り始める。男、手が糸に引きずられるように、女が絵を描いていた画面へ移動)
「…11月30日…11月30日…11月30日…(もうろうと繰り返す。先へ続けられない)」
「……『手記』…だと…?何だ、あれは…?どういうことだ?この原稿は、たった今書き終わったもの…じゃあ、あれは一体…いつ、誰が書いたんだ……!?」
(男、紙の上でひざまづき、女の糸に手を引き上げられる。女、男の手を存分に引き上げたところで叩き落とす。女の絵に男の手が叩きつけられ、片目が赤で潰れる)
「あああ…ああ…そんな…そんな…そんなそんなあああああああ………待て…待つんだ…待ってくれ…待って下さい……!お願いです…お願いだからぁ!」
(男、ひざまづいた状態で手を上に掲げて停止する)
(女、男の顔に黒布をかける。男、両腕のみが掲げられた状態)
(暗転)
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