残しておきたいもの、そうじゃないもの

ぼくの住む東京、そしてその近郊は雪だった。ニュース、SNSなどもその話題一色。追い打ちをかけるように、様々なコラムやエッセイなどでも雪の話題ばかりで食傷気味だ。そこに乗っかるのか、乗っからないのかを小一時間という名の15秒ほど考えた結果、乗っからないことにした。

早いもので1月も3週間以上が経過した。ぼくの調子が悪くなった12月24日から約1カ月だ。なんというか時の流れはあっという間だ。1カ月経っても本調子になっていないことなど、未だかつてあっただろうか、いやない。と反語を使いたいところだが1度だけあった。

それは今から約30年前のできごとだ。昭和から平成に変わる年の1月に今回と同じように目眩で倒れ入院した。そのときの入院期間は約3カ月。小学生だったぼくは3学期をほぼ欠席で次の学年を迎えることになったのだ。その時の後遺症は30年経った今でもはっきりと残っている。

今回、目眩で倒れ本格的に調子が悪くなったときに30年前の記憶が蘇った、ということはない。なんとなく、思い出した程度だ。念のため30年前に入院した病院に当時の記録があるか確認したけれども、カルテは残っていなかった。パソコンも一般的な時代ではないから当然なのかもしれない。でも、今回の不調に関する記録は病院でデータ保存され死ぬまで残っているのだろう。もしかしたら死後も残っているんだろうか。それはいいことなのだと思うけれども、なんでもかんでも残ってしまうのは都合が悪いと思うのは、ぼくだけなのだろうか。医療データはいいとしてもね。

PCの普及で便利になったけれども、消したいものあるよね。残しておきたくないものだってある。なんでもデジタルがいいとは言えない、ぼくは。


こちらサポートにコメントをつけられるようになっていたのですね。サポートを頂いた暁には歌集なりエッセイを購入しレビューさせて頂きます。