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もっと身近に、お守りのように

INTERVIEW / 菅 風子(ガラス作家)

 生活に身近な素材、ガラス。その透明性や美しい質感に魅せられた工芸作家の菅風子さんは、日常や旅先のこと、曖昧な記憶を形にする。菅さんはガラスで目に見えないものへ思いを馳せる。

 「透明だけど、輪郭がある。確かにそこにあるんです」
  ガラスを中心に扱う作家、菅風子さんはそう話す。一見、触れることもできないような透明な輪郭。「そこにある」という言葉にはっとする。
 菅さんは多摩美術大学工芸学科のガラス専攻を卒業後、都内の展示に多数参加し、作品を発表している。工芸学科に進んだ理由は、予備校の先生との出会い。美術予備校の先生の工芸作品を見て、素材一個でこんなにも豊かな表現ができるのかと衝撃を受けた。中でも熱で溶けた状態で加工作業をするガラスは、木や粘土と違って素手で造形することができない。無色透明の素材だ。目に見えないはずなのに確かに存在し、輪郭を保つことができる。そんな〝ない〟ようで〝ある〟という特性は、日常の記憶や旅先のことを表現するのにぴったりだった。

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《small amulet》2020年

 素材に魅了され、日常の記憶を形づくる。そのスタンスは在学中から変わらない。そんな中でも、菅さんは呪術的なものにも興味があると言った。
 「例えば旅先で訪れた場所では街中に教会があって、信教にかかわらず『神聖な空気』を感じる。目に見えないものに意識を向ける行為としての〝祈り〟は、誰もが心の内に持っているものだと思います」
 菅さんの祈りは、お守りのような小さな作品群《small amulet》に表現された。ガラスの透明で流動的な雰囲気を持ちながら、木材や金属に支えられるようにして、一つ一つが独特のバランスを持っている。まさに神聖な気持ちになれるようなオブジェだ。
 「このコロナ禍で、社会全体が目に見えないものへ意識を向けたと思います。祈ることも。アートというほど大仰なものではなくて、もっと身近にお守りのように持ってもらえるものがあったらいいなと思って作りました」
 ガラスに異素材を組み合わせるのは、〝ない〟ものを形にしていく過程で、それぞれの素材が互いに補完し合うイメージだという。一つとして同じ形がない《small amulet》だが、どれも確かな存在感がある。

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《small amulet》2020年

 そして、2021年秋には青山スパイラルで開催された展示、SICF22に出展した。新たに発表した作品《Anonymous room》は、小さな日用品を実物大のガラスで制作し、一つの部屋のような空間を表現している。
 「これまでは少し抽象的な作品だったのが、具象的なアプローチをしました。ガラスは形しかないから、それだけで何か分かるのか。これは誰の部屋なのか。ラベルなどの先入観を削ぎ落とした、実験的な試みです」

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《Anonymous room》2021年


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《Anonymous room》2021年


 不思議なことに、形だけになった作品は普段の日用品よりも色や大きさに意識が向く。透明なものほど触れたくなる。「お守り」とは正反対の位置づけながら、どことなく神聖な空気を持っていた。水のような揺らぎの中で、菅さんの作品は優しく、力強く生活に寄り添ってくれる。

取材・文・レイアウト=鳥居風香
写真提供=菅風子

菅 風子(かん・ふうこ / Fuko Kan)
1992年愛媛県生まれ。2017年多摩美術大学美術学部工芸学科ガラスプログラム卒業。2016年「LOVE THE MATERIAL in AOYAMA」(伊藤忠アートスクエア)、2019年「アートフェア ASYAFF 2019」(韓国・ソウル)「Anonymous camp Tokyo in NEWTOWN」(東京デジタルハリウッド)など、様々な場で作品を発表している。Instagram : fuko_kan

【Artist statement】
毎日の日常風景や幼い頃の記憶、旅で目にするような非日常の風景、目には見えないけど確かにある、私の中の“曖昧な記憶”を日記のように透明なガラスでかたちにして新しい景色をつくる。紡いだ日々の記録が、誰かの日常の風景になりますように。


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