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7月3日 バカンス⑥~旅の終わり~


 バカンス最終夜は殆ど眠れなかった。朝方に眠って朝方に起きる。帰りの飛行機は皆別々である。横山清正が朝の飛行機で大阪へ。玉木青は昼間の飛行機で東京へ、僕は夜の飛行機で大阪へ。それぞれ帰っていく予定。
まずは朝、宿舎を横山清正が旅立って行った。眠れないけだるさであまりちゃんと見送ることができなかったが、その後部屋を片付けていると彼が土産に買ったコップが残ったままであった。粗忽である。一応自分の荷物に付け加える。旅先で使った下着や古くなったバスタオルなどは捨ててカバンに空きを作る。土産を買うためである。
諸々の準備が済んで、別宿の玉木青と合流する。

 二人で沖縄の街を歩く。公設市場二階のレストランで遅めの朝食、早めの昼飯と言った塩梅に食事をとる。ツバメ食堂と言う店だ。大食漢の横山清正と共に食べるご飯を繰り返しすぎてなかなかな量の注文をしてしまった。僕はパパイヤ炒め、グルクンのから揚げなどを注文。玉木君は餃子、から揚げなど。そういえば食べていなかった、とモズクのてんぷらも注文するがこれが大変に美味であった。案外と塩気が強く、スナック感のある味わい。二人で腹いっぱいになってツバメ食堂を出る。

 玉木青をタクシーまで送り、ここでお別れ。一人となった。この度、殆ど人文的な活動をしていなかったので、沖縄県立博物館に行こう、と調べてみるとなんと休館であった。さらに対馬丸記念館、沖縄伝説の政治家・瀬長亀次郎を顕彰する不屈館なども調べてみたのだがどうも駅から歩く。前日からの肌の湿疹がひどくなってきており、那覇の日光に当たり続ける自信が無くやむなく諦める。
こうなると夜まで時間がたっぷりとなってしまった。映画を観ようか、とも思ったが結局前日も行ったスターバックスに入って作業をすることに。
これがなかなか捗る。書かなければいけない台本をしっかりと書くことができたし、いくつかの連絡も済ますことができた。バカンスが原因で遅滞していた事務作業もぐんぐんと進めることができた。
まあ、もっと早い飛行機で大阪に帰ってやっても良かったのだけれど。全く大阪と同じ動きを那覇でしてしまった。まあ、わざわざ那覇でいつもの仕事をしている、という興奮で作業へのテンションは高かったようにも思う。いつもの女にコスプレをさせるような。そんな。違うか。全然。

 作業がひと段落してスターバックスを出る。土産を購入する。妻に泡盛を頼まれていたので、選ぶ。店員のおばあさんが泡盛の試飲の瓶を開けてにおいをかがせてくれて試飲させてくれるのだけれど、僕が嗅ぐ前にそのおばあさんがかぐ。このおばあさんが瓶の口に鼻がくっつくくらいの距離感でかぐものだから、なんだかおばあさんから瓶を渡されて自分でかぐ時にどぎまぎしてしまった。
確かに泡盛のにおいはするのだけれど、どの泡盛にも共通のおばあさんのにおいが混ざっていた気がする。
色んな泡盛を試飲したりかいだりさせた後、このおばあさん「とにかく度数が高い方が美味しいからね」と元も子もない酒乱のようなことを言っていた。勧めに従って度数の高いものは買ったけれど。

牧志。川の感じが独特。汽水なのか?

 もう何もやることが無いので、空港へと向かっていく。玉木青から「意外とタクシーは時間がかかりました」という報告があったのでモノレール。ピカチュウがデザインされている車両であったが、僕たちの知っているピカチュウよりも随分丸くなっていた。顔が。赤ちゃん感が増していた。べビだった。沖縄だけなのかな。わからないけど。

これで僕も撮り鉄

 空港についてもまだ16時過ぎ。なんとまだフライトまで4時間もある。仕方がないので、まずは晩御飯を食べる。空港食堂、という食堂で横山玉木の両人が座間味で食べていた「ちゃんぽん」なるものを食べる。何か野菜炒めを卵とじにしてご飯にかけた、という従来のちゃんぽん感を覆す食べ物。どうも沖縄の料理らしい。
 空港食堂のそれは卵とじ、というよりも卵を最後に乗っけて熱した、というようなテイスト。これが大変美味しい。一見ガサガサしてそうなんだけれど、ハーモニーを奏でている。意外と味の素とかでまとまっている気もする。味の素のおいしさは結構沖縄料理に寄与していると思うんだけれど、どうか。
ミニ沖縄そばも食べて満腹。

この食堂、質実剛健で良い。空港らしからぬ無骨さがある


空港内のタリーズコーヒーで前日の日記を書く。とにかく時間があるもので、また3000文字超えの日記を書いてしまう。まあ、楽しいので良しとしよう。
日記に写真をあしらって、なんとか完成かな、というところまで持って行ったころ合いで搭乗1時間半前となり受付開始。持ち込み手荷物を7キロ以内に抑えて受付へ。
済ませて保安検査の前にお土産コーナーに立ち寄る。座間味で食べた薩摩芋系の食べ物がすべて美味しかったので、芋のお菓子、などを購入したかったが紫芋系のお菓子ばかりで食指が伸びない。なんとなく紫芋、苦手なんだよな。だって色がおかしいじゃない。紫ってのは。

 土産物売り場をほっつき歩いているうちに保安検査の締め切り時間が迫ってきていたので移動して検査へ。飲み終われなかった泡盛があったが、これも機内に持ち込むことができた。行の飛行機では解放済みの飲み物はダメだった気がしたけれど、那覇はおおらかってことでいいんだろうか。

 20時35分離陸の飛行機。20時には乗り場前についていた。20時20分から搭乗開始予定であったが、これが遅れる。結句搭乗開始は20時30分。通路側の席で隣に誰もいない、というかなり嬉しい席であった。飛行機が離陸準備に入るがなかなか離陸をしない。最終的に離陸をしたのは20時55分頃。20分遅れの離陸。

 飛行機の中では恐怖に震えているだけで何もできない。ダウンロードしていた音楽を聴きながら飛行機が離陸していく。ヘッドホンから流れていたのは長渕剛の『Captain of the Ship』長渕が例の塩辛声で「進路は東へ」「ヨーソロー」「ただただ前へ進めばいい」などと言うのであながちマッチしていなくもなくてテンションが少しあがる。
ただ「お前が舵を取れ」というのはいただけなかった。僕は飛行機の舵を取ろうとは思わない。操縦桿は握らない。
その後桑田佳祐『すべての歌に懺悔しな』などを聞いて気持ちを整えるが、音楽を聴いているだけではどうにも退屈してきた。映画を観ようにも電波が無いし、こういう時の為に、とダウンロードしておいた映画は視聴機嫌が切れていて観ることができない。仕方がないので恐怖と戦いながら古典講談『将棋大名』の台本を何度も何度も読み返す。何度も読み返すうちにどんどんやりたい演出が増えてきた。嬉しい気持ち。古典の世界観を崩さずに演出をしていきたいものだ。

 長渕剛の頑張りもあり、飛行機は北東方向に進み続け、いよいよ関西空港間近、着陸態勢となり、うなりを上げながら飛行機の車輪が滑走路を揺らす。なんとか今回も生きて飛行機の旅を終えることができた、と安堵もつかの間。機長が「この度は到着が遅れて誠に…」云々。時計を観ると、予定到着時刻が23時40分となっていたはずなのに、もう時刻は23時を回っているではないか。
この日僕が乗る予定であった梅田直行バスは23時17分発である。
「これは、もしかすると、間に合わないかもしれな」全身から血の気が引く。
23時17分発は終バスなのである。これを逃すと、朝までバスは来ない。
「バスが来なかったらどうしたらいいんだ、泊まるとなると莫大な金が要る。なんとか帰りたい」思いながら手荷物受取の場所まで速足で向かうが、手荷物が流れ出て来るのにまた暫く待ち、荷物を受け取った時には23時21分。急いで空港ターミナルを出るがもうそこにはバスの陰はこれっぽちっもない。天を仰いでも星は座間味ほどは輝いてはいなかった。

 結局無料送迎バスで関西空港駅まで行き、そこで南海電車に乗り込んで難波まで帰り、難波から少し歩いてタクシーに乗車をした。
財布の中に5000円しかなく、自宅のある十三まで帰れるか不安だったため「とりあえず梅田まで」とお願いして車を走らせてもらう。梅田まで行って、5000円で足りそうなら十三までお願いするつもり。足りなさそうなら梅田から十三まで歩くつもり。
するとこのタクシーの運転手さんが話好きでいろいろと聞いてくる。
「これから飲みにいかれるんですか」
「いえ、家に帰るんです」
「ははあ、梅田なんていいところに住んでおられますね、大阪の玄関口ですよ」
と言われたので「いや、十三ですねん」とも言えない。お金が足りなくなった時には梅田で降りるのだ。仕方がないから話を合わせながらタクシーに乗り続け、梅田まで行っても3000円にもいかずに全然十三まで帰れたのに梅田で降ろされて新たにタクシーを捕まえて十三まで帰った。
ていうか大阪の玄関口は新大阪と関空だろう、なんで梅田なんだ、適当な事言ってもう、と若干のいら立ちはあったが無事に十三到着。妻に頼まれた水をコンビニで購入し、帰宅すると妻が目を覚まして出迎えてくれた。愛猫は僕が部屋に入ると「なんやこいつは」という顔で暫く僕の顔をじっと見ていた。
風呂に入り、湿疹にオロナインを塗布し、汗が出ると湿疹がかゆみを増すので冷房を強めにつけて就寝。これにてバカンスは終了と相成った。
妻は久しぶりの僕のいびきになかなか眠れなかったそうだが「まあ、このひとがどうこうできることではない」と特に注意や怒声を浴びせるということは無かったという。おかげさまで安眠であった。

 今回は1週間のバカンスであったが、かなりいいバカンスであった。1年に一度はこういう風にすべてを忘れて(まあ結局阪神講談をやり、どうでしょう講談をやり、ネタを書いてはいたけど)心身を解放するというのは重要であるように思った。これは暫く安穏に頑張れそうな感じがする。余暇と遊びは仕事より重要であるし、仕事と同じくらい重要であるともいえるし、仕事を中心として考えても必要な要素であろう。
日々余暇と仕事の主従は変わるが、どちらも生活にとって大変重要である、ということがこの余暇、バカンスではよく分かった気がする。心身の健康には仕事と余暇だ。心身を健康に死んでいきたい。

良いバカンスだった

 馬鹿みたいに酒を飲んだので太っているかと思いきや、なんと少し体重が落ちていた。ここで爆増していれば続けているダイエットも終焉、という感じもある、と思ったが、まさか落ちているとは。心身の健康の為にもダイエットもさらに進めていく所存だ。

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