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初めて見た、インディゴの地平。

私という人間は、収集癖の人である。

それは捨てられない性分と相まって欠点でもあるのだが、とにかく昔から何かを集めるのが好きだった。
ゲームをやっていてもクリアを目指したり強い装備を集めたりするよりも、とにかく色んな種類の装備・アイテムを集めたりするのが好きだったし、知識欲の源泉も『知識』というアイテムを収集しているだけに過ぎないと思うこともある。

そんな私が初めて買ったCDもやはりその『収集』の一環であったと思う。
何せそのCDは、当時まだギリギリ現役だったカセットテープで散々聴いていたのだ。


スピッツ「インディゴ地平線」

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前作「ハチミツ」収録の「ロビンソン」が大ヒットを記録、一躍トップバンドの仲間入りをしたスピッツが多忙を極めるスケジュールの中で制作された7枚目のアルバムである。

このアルバムからも「チェリー」「渚」といった大ヒット曲がシングルカットされ、当時の勢いを感じさせるアルバムとなっている。


……なっているのだが、改めて聴くと変なアルバムである。

そもそも一曲目からメインソングライターである草野マサムネ氏ではなく、ギターの三輪テツヤ氏のペンによる、性急でちょっとコミカルなパンクナンバー「花泥棒」から始まる。
かと思えば歩くようなスピードで微笑ましい「初恋クレイジー」、どこか埃っぽくてどうしようもなく遠い空を眺めるような表題曲「インディゴ地平線」、エレクトロ要素の強い爽やかな夏曲「渚」、スピッツらしいポップロック「ハヤテ」「ナナへの気持ち」と……

バラエティーに富んでいるとも言えるのだが、春の陽気を感じさせる温かみが通底する前作「ハチミツ」や、初夏のような弾けるポップネスが瑞々しい前々作「空の飛び方」とは明らかに異質な雰囲気だ。

例えるならば何であろうか。
残暑も過ぎようとしていたある日、倉庫にしまわれずに隅に放って置かれた夏のオモチャ達を見つけてしまったような、そんな愛おしいチグハグ感に包まれているアルバムだと、私は思う。


思えば、私がこのアルバムと出会った頃というのも絶妙だ。当時はやっと年齢が二桁に達したばかり。
幼児から少年へ成長し、思春期という名の繭にくるまる前夜である。
初めて聴いたのは父親の運転するカローラの車内だった。
元々は音楽好きで、若い頃は当時のフォークブームに乗ってギターを弾いてみたり、趣味が欲しくて社交ダンスをやってみた事のある父は、普段は自分が大好きな浜田省吾を聴いているのに、時たま気まぐれのように当時流行りの音楽を流していた。

そのうちの一つがスピッツだった。

父の持つ「インディゴ地平線」のカセットはもう既にテープが伸びて来ており、特にB面一曲目の「虹を越えて」のイントロ部分は凄かった。ギターの音が全て「びょびょびょびょびょびょ〜んびょ〜ん」と間抜けな音で揺れ動き、60年代の実験的なバンド群もかくやというような、サイケデリックロックに仕上がっていたのだから。
確か続く「バニーガール」も少し音がおかしかったように記憶している。音がところどころ腐ったみかんのように歪んでひしゃげていたが、当時の私にとっては貴重な疾走曲だった。改めて聴くとむしろスローに感じるほどに、歌や演奏に余裕を感じるのだから不思議なものである。
続く「ほうき星」は元々サイケなナンバーなせいもあってか、あまり音がおかしかった記憶が無い。
むしろその「サイケ」という得体の知れない何かに対する恐怖と好奇心は、後の人生、特にホラーやオカルトに興味を持つ自分の姿を暗示していたように感じる。
子供にとってサイケとは死と眠りのご親戚なのかも知れない。

続く「マフラーマン」もおかしな曲だと思った。
ヒーローがモチーフな曲というのは分かるのだが、いわゆるヒロイックな曲という雰囲気には程遠く、むしろ新仮面ライダーのがんがんじぃのような、手作りのアマチュアヒーロー的な泥臭さを感じたのを覚えている。(CSの再放送で観た)

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これも大人になってから聴くと、むしろハードボイルドに感じるのだから、成長というのは面白い。
日本を代表するロックベーシスト田村明浩氏のベースラインが抜群にカッコいいので今は大好きな曲の一つだ。
この曲に限らず、「インディゴ地平線」は全般的に田村無双である。

次で11曲目、「夕陽が笑う、君も笑う」。
スピッツ全キャリアを通してみれば少々影は薄めかも知れない。良作・佳作の類であるのは間違いないのだが、他にいくらでも名曲はある。
それでももしかしたら、1番思い入れのある曲かも知れない。
少年期から思春期に至る不安定な時期、意味も無く泣きたくなったり、理由があっても泣きたく無い時に、いつも聴いていたような記憶がある。
何故この曲だったのかはよく分からない。
スピッツほどのバンドであれば、もっと泣ける曲も励まされる曲もあるはずなのに、真っ先に思いつくのはこの曲である。
泣き濡らす訳でも、笑い飛ばす訳でもなく、抱えて転げて生きていく、そんな歌詞が良かったのかも知れない。

おそらく父は、このアルバムが発売された1996年頃、カセットテープへとダビングしたのだろうが、私がこのアルバムを気に入ったのは2000年頃。
それはきっと「時が来た」というやつで、スピッツが刺さる年頃になるまで時間が必要だったのだと思う。


さて、話はやっと初めに戻る。

私は収集癖の人である。
故に、このアルバムのCDが欲しかった。自分のお小遣いで、自分の力で。

初めて買った日の事もハッキリ覚えている。
今は亡きTSUTAYA総合公園店、少ない小遣いを握りしめ父のカローラ(2台目)に乗って向かったところまで、バッチリと覚えている。
自動ドアをくぐり売り場へ早足で歩いていくと、目当てのCDは思ったより早く見つかった。
値札には1,500円と書いてある。嬉しくなった私は母親の元へ駆けていった。(そんな可愛い頃があったなんて、今となっては信じ難い)


さぁ、問題はここからである。

「いいから早く買ってきな」と言われた私は売り場に戻ったものの、置き場所をすっかり忘れてしまっていた。
しかも子供目線で見ればどの売り場も同じようにしか見えず、探せど探せど『スピッツ』の4文字は見つからず、私は途方に暮れてしまった。

しかし、売り場をぐるぐる回っているうち、ほとんど偶然に「スピッツ」の文字列を見つけた私はすぐにその棚に張り付き、目当てのCD「インディゴ地平線」を手に取った。おお、神よ。
そして私はおずおずと、人見知りの魂を奮い立たせてレジへ向かう。

財布の中には3,000円ちょっと。
これで遂に、人生初のCDを手に入れる事ができる………



「3,015円になります」




神さま?


話は簡単だ。
私が最初に見つけたのは中古の棚であり、そこを通り過ぎてしまった私は新品の棚から商品を持ってきてしまったのである。
頭の上いっぱいにクエスチョンマークを浮かべた私だったが、人見知り故にそれを言い出す事も出来ず、結局その月のお小遣いの殆どを使い果たすハメになってしまった。

だから、家に帰るまでは不満でいっぱいだった。
意味も分からず予定外の出費をしてしまったのだから当たり前である。

それでも、いざラジカセの前に座ってみれば胸が高鳴る。

生まれて初めての、自分で買った、自分のCD。

再生ボタンを押した瞬間から喜びと驚きの連続だった。
カセットで聴いていた私はいつもB面から聴いていたので、「虹を越えて」が1曲目だと思っていたし、何より全然サイケじゃない。


それは少年にとって、初めての冒険だった。

「花泥棒」で駆け出した冒険は、「初恋クレイジー」で歩きに変わり、「インディゴ地平線」で重たい脚を引きずりながら空を仰いだ。
「渚」はあまりにも雄大で、ついついその歩みを止めてしまう。
「ハヤテ」は寄りそうように、「ナナヘの気持ち」はちょっとだけ大人な匂いがした。
「虹を越えて」に帰ってきた時には、驚きと安心感に包まれていたのに、「バニーガール」はポカポカとした身体で駆け抜けていった。
「ほうき星」に惑わされ、「マフラーマン」は荒野を突っ走る。
「夕陽が笑う。君も笑う」はあんなに速いのに、どこか優しく微笑んで見えた。

そして冒険は終わりの場所へと辿り着く。

『君を忘れない。曲がりくねった道をいく』

それはこれまでの旅路を懐かしむように、それでいて次の場所へと向かう小さな勇気を与えてくれた。

『愛してるの響きだけで、強くなれる気がしたよ』

愛なんて当時は知らなかったし、今でも全く分からない。けれどその言葉は、私を少しだけ強くした。


CDをラジカセにセットするまでの記憶はあるのに、聴き終えた時の記憶は定かじゃない。
興奮したのか脱力したのか、泣いたのかはたまた笑ったのか。
そんなの今では、遠い遠い忘却の彼方へ消えてしまったのだが、ひとつだけは思い出せる。

それはこのアルバムを再生するたびに、何度も、いつでも思い出せる。
まるでページをめくるように、夢をぐるぐる巡るように。

あの時感じた感動は、今でも私の中にある。



『いつかまたこの場所で、君と巡り会いたい』



#はじめて買ったCD

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