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とうきび畑でつかまえて~7,雪像が溶けるほど恋したい②


 仕事を終え帰宅すると、家族はみんな寝静まっていた。
 テレビをつけるとバラエティー番組の時間だった。しかし、画面には特別情報が流れ、爆弾低気圧への注意を呼び掛けている。大地は朝早くに新婚旅行に旅立ったため、いまは雲の上だろう。
 遅番の日は帰宅が二十二時近くなる。この時間に夕食をとるのは気が引けるが、かといって空腹のまま眠ることもできない。冷蔵庫をのぞくが、夕食の残り物はなかった。
 悩むうち、雪まつりで買ったピロシキを思い出す。電子レンジで温めると、テーブルに置いたスマートフォンが着信を告げた。
 こんな時間に誰だろう。画面を見ると、一穂だった。
「……もしもし、息吹さん?」
 彼女と話すのは久しぶりだ。息吹はソファーに座り、彼女の声に耳をかたむける。
「ご無沙汰してます。いま、大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。元気にしてた?」
 テレビはいぜん道内の情報を流している。札幌にも暴風雪警報が発令され、風が出てきたのか家の窓ガラスががたがたと揺れていた。
「天気すごいね。いま、札幌?」
「……実は、東京にいます」
 思いがけない言葉に息吹は面食らう。しかしいまは二月の三連休、彼女が旅行をしていてもなんらおかしくない。
「ようやく内定が決まってバタバタしてて。息吹さんに報告しようと思ってたんですが、遅くなってすみません」
「おめでとう、よかったね! いつ札幌に戻ってくるの?」
「いちおう、明日の午前便で飛ぶ予定です」
「……大丈夫? 帰って来れるの?」
 気象情報の中には飛行機やフェリーの運航状況も発表されている。一穂も天候をチェックしているのか「あとはもう運ですね」と笑う。芸人が面白おかしく話す頭上で、高速道路に通行止めのテロップが流れた。
「息吹さんに渡したいものがあって、デパートに行こうと思ってたんです。でも、なかなか都合が合わなくて。住所も知らないから送ることもできないし」
 一穂は息吹の勤務先を知っている。街中にあるため、会おうとすればいくらでも会える場所ではあった。しかし卒業間際の大学四年生は忙しいに違いなく、わざわざ旅先からかけてくるあたりに彼女の切実さを感じる。
「明日のお昼には札幌駅に着く予定なんですが、そこで待ち合わせできませんか?」
「大丈夫だよ」
 明日も昼からの出勤。会う時間はあるが、飛行機が飛ぶか微妙なラインである。爆弾低気圧は今日の夜に北海道を通過するため、新千歳空港の除雪が間に合うか心配だった。
「気をつけて帰ってきてね。おやすみ」
 通話を終え、息吹は冷めてしまったピロシキをかじる。テレビは全国ニュースの時間になっていた。
『爆弾低気圧が北海道を直撃し、各地で被害が発生しています』
 キャスターが原稿を読み上げる。発達した低気圧が北海道を襲い、各地で雪の被害が発生していた。
『新千歳空港では飛行機の欠航が相次ぎ、各航空会社のカウンターでは搭乗前の振り替えや払い戻しの手続きで長い行列ができました。また、約五千人が空港内で一夜を明かすことになり――』
 新千歳空港内の映像が流れる。ロビーには配布された毛布に身を包む人々の様子が映し出される。一穂も予定が違えばその中にいたかもしれない。キャスターはその様子を報じつつ、淡々と道内の降雪被害を読みあげた。
『道内では雪道でスリップした車の事故が発生し、現場付近は猛吹雪で見通しが悪く後続の車が一時立ち往生となりました。また、吹雪の影響で通行止めになった道路付近では、現在も立ち往生した車が救助を待っています』
 キャスターが呼びかけ、映像が北海道に変わった。
『こちら道道四五二号線の桂沢湖付近です。吹雪の影響で立ち往生した車が救助を待っています』
 桂沢湖。その地名に息吹は反応する。若い男性アナウンサーが、激しい吹雪の中懸命にリポートをしている。
『立ち往生した車は十台以上いるとみられ、救助隊が向かっていますが、降雪の影響で救助が難航しています』
 テレビはすぐに東京に戻った。コメンテーターとキャスターが爆弾低気圧の話と、過去に起きた冬の事故の話をしている。
 暴風雪による冬道の事故は毎年発生している。立ち往生した車は救助が来るまで車内で待機するが、エンジンをつけたままだと排気口が雪で埋まり、一酸化炭素中毒を起こす恐れがあった。
 桂沢湖のある道路は、札幌から富良野に行く際に使う道だ。息吹はふるえる手で穂高に電話をかけた。
「――もしもし?」
 コール音は一度しか鳴らず、すぐにつながる。穂高の声に息吹は安堵の息をついた。
「遅くにごめんね。ニュースで低気圧のことやってたから……」
 報道番組は短時間で終わった。次いで、北海道の夜のニュースが始まる。そこでは先ほどより詳細に爆弾低気圧の被害が伝えられた。
「雪、大丈夫だった? ちゃんと帰れた?」
「いや、まだ車の中」
 電話で話す最中も、ニュースは続く。
『立ち往生した車の中には、スキー教室の生徒が乗るマイクロバスもいるとの情報です。現場では急ピッチで除雪作業が進められています――』
 画面は再び、現場の中継とつながる。それを見て、息吹は呆然と呟いた。
「もしかして、穂高たちも立ち往生に巻き込まれてるの?」
「……実はね」
 穂高はわざと明るい口調で言った。電波が不安定なのか、声が途切れがちになる。
「大丈夫、救助が来るまで車の中で待ってるから」
「エンジンは切ってる? 排気ガスで一酸化炭素中毒になるかもしれない」
「わかってる、ちゃんと対処してるよ。子供たちはスキーウェアを着てるから大丈夫だ」
 穂高は急な代役だったため、準備もろくにしていないはずだ。雪まつり会場で会った彼は軽装だった。それを思い出し、息吹はなおも訊ねる。
「本当に大丈夫? 凍死しない?」
「凍死って」
 電話の向こうで噴き出すような笑い声が聞こえる。こちらの心配をよそに、穂高はずいぶんと呑気な声をしていた。
「いざとなったら子供たちとおしくらまんじゅうしながら待ってるよ。大丈夫、みんな遠足気分で楽しんでるから」
「……そうなの?」
「おやつだのお土産だのいろいろ持ってるから、食料だけはたっぷりあるんだ。夕飯も途中のドライブインで食べたし、むしろ腹いっぱいで寝ちゃいそう」
 ニュースでは救助に時間がかかると言っていた。このまま朝まで車の中に閉じ込められるかもしれない。車内は多少のあたたかさが残っているだろうが、これから気温が下がり外気温と変わらなくなるかもしれない。
 穂高の身になにかあったらどうしよう。そう思うと、胸が押しつぶされそうだった。
「心配するなって。これはきっと、おれに頭を冷やせってことなんだよ」
 電話の向こうから、風の音が聞こえる。それはこちらよりも強く、猛吹雪が想像できた。
「昼間、ごめんな。救助が来るまでの間、これからのことを考えてみるよ」
 雪まつりで彼の気持ちを拒んだのは息吹だ。しかし穂高はそれを責めることなく、受け入れようとしている。
「電池がなくなるとまずいから、切るな」
「待って――」
「今日、息吹に会えて嬉しかった」
 止めるよりも早く、穂高は電話を切った。
 スマートフォンをにぎりしめ、息吹はテレビの画面を見つめる。ニュースの時間は終わり、陽気なCMが流れるばかりだった。
 自分は何もできない。暖かい家の中で、凍えそうな彼の身を案じることしかできない。
 彼が悩み、苦しんでいることに、手を差し伸べることもできない。
 その不甲斐なさが、たまらなく悔しかった。

     ○

 三連休最終日は、昨夜の大荒れが嘘のような晴天だった。
 息吹は早めに家を出た。公共交通機関は平常通りに戻ったが、札幌駅は祝日もあいまって混雑している。待ち合わせ場所の改札口で、インターネットのニュースを確認した。
 低気圧は北海道を離れたが、地域の記事は爆弾低気圧に関する内容で占められている。その中には、立ち往生して夜を明かしたスキー教室の生徒の話も載っていた。動画では北海道のアナウンサーが被害状況を告げる。
『昨夜立ち往生していた車は全員無事に救助されました。新千歳空港の除雪も終わり、飛行機も通常通り運行する予定です』
 台風さながらの爪痕を残し、北国は日常を取り戻す。眠れぬ夜を過ごした息吹に、穂高からメッセージが届いたのは深夜のことだ。
『救助が来て、近くの生活館に避難できたよ。朝になったらみんなで帰るから』
 その連絡に安堵し、息吹はようやく眠った。起きてから夢ではないかと確かめたが、メッセージはちゃんと残っている。いまごろ彼らも生活館で目を覚まし、自宅への帰路を走っている頃だろう。
 待ち合わせの時間が過ぎているが、一穂の姿が見えない。辺りを見回すと、大きなキャリーバッグを引いた女性が手を振った。
「息吹さん、遅くなってごめんなさい!」
 彼女はリクルートスーツを着ていた。驚く息吹に、一穂は息を切らして駆け寄る。
「一穂ちゃん、その格好どうしたの?」
「いま、内定先の研修に参加してるんです。今日もこれから向かうところで」
「こんな日に? どこに就職決まったの?」
「冠婚葬祭の仕事です。最初は結婚式場の会場スタッフに配属される予定です」
 結婚式は日の良い土日祝日に開かれることが多い。納得する息吹の隣で、一穂はコートのボタンを留める。車内は暑かったに違いないが、駅の中はそれなりに冷える。
「会社自体が大きくて、冠婚葬祭すべてを扱っているんです。ばあちゃんが死んだ時に面接までこぎつけた会社で、その時は結婚式場のほうを志望したけど、いまは葬儀のほうにもすすみたいと思っています」
 葬儀の際、息吹は仮通夜しか参列していない。一穂はその後の通夜や告別式を通し、式場を取り仕切る仕事に興味を持ったそうだ。
「結婚式ばかりが華やかな世界だと思われているけど、故人との最後のお別れをする葬儀も大切な仕事ですよね。だからあたし、どちららの世界でも通用できるようにいろんな経験を積んでみようと思って」
「冠婚葬祭の知識は、身に着けたら一生役に立つよ」
 出会った時は漠然と就職活動をしていた一穂だが、自分なりに目指す仕事が見つかったようだ。彼女も時間が迫っているのか、腕時計を確認する姿はこれから始まる社会人生活を予感させる。
「そういえば、穂高が吹雪で立ち往生したって聞いた?」
「そうなんですか? 田舎だからホワイトアウトってよくあるんですよね。だからみんなその時の対処法はよく知ってますよ」
 息吹には一大事だったが、彼女の世界ではわりと普通にあることのようだ。電話で取り乱したのが恥ずかしく、息吹は赤くなった顔をマフラーで隠した。
「……穂高と連絡とってたんですね。安心しました」
 一穂が、安堵の吐息とともにそう言った。
「四十九日で実家に帰った時、みんな仮通夜の時のこと反省してましたよ。お父さんも、息吹さんに言い過ぎたってこぼしてたし」
 一穂は四十九日法要で帰省したが、正月は札幌に残っていたらしい。アルバイトが忙しかったと言うが、残り少ない大学生活を満喫していたのだろう。
「息吹さんに渡したいものがあったんです。ずっと預かってて……遅くなってすみません」
 彼女は鞄から封筒を取り出した。
「四十九日までにお母さんがばあちゃんの部屋の片づけをしていたんですけど、箪笥からみんなに宛てた手紙が出てきたんです。ばあちゃん、自分になにかあった時のためにって、前から用意してたみたいで」
 遺産の相続などに関する遺言は、生前のうちにしかるべき措置をとっておかなければ法的効力を成さないが、故人の遺志を継ぐかどうかは残された人々の裁量にゆだねられる。
「跡取り問題のこと、ばあちゃんも気にしてたみたいです。『あの畑を誰よりも愛する者が守ればいい』って書いてあって、お父さんもそれを読んで思うものがあったみたい」
 トワは穂高のことを守ったのだ。『畑を愛する者』としているため、穂積が跡継ぎになっても問題はない。彼女が古くからの慣例による長男や次男という順序に楔を打ったことに違いはなかった。
「冬のうちに無人販売所も片付けてて。あそこはばあちゃんの道楽でやっていたものだから、閉めるかどうか迷ってるんだけど……」
「せっかく稲瀬農園のおいしい野菜が買えるのに、閉めるのはもったいないね」
「そう言うと思って、息吹さんにこれを」
 彼女は鞄から一通の手紙を取り出した。
『息吹へ』
 トワの字でそう書いてある。
「無人販売所で使うカゴの中に入ってたんです。ばあちゃん、いつも息吹さんに会うの楽しみにしてたんですね」
 富良野にいる間、彼女とはいつも無人販売所で会っていた。トワは次に会えた時に、この手紙を渡そうと思っていたのだろう。
 一穂が時刻を確認して小さな悲鳴を上げる。久しぶりに会ったが話す時間は短かった。
「もう行かなきゃ! 息吹さん、今度はゆっくりお茶しましょうね!」
「一穂ちゃんも研修頑張ってね」
 キャリーバッグを引き、一穂は地下鉄駅へと走っていく。その後ろ姿を見送り、息吹は封筒を開けた。
『息吹へ。この間は話を途中にしてすまなかったね』
 手紙は、無人販売所で最後に会った後に書かれたものだった。
『あんたが結婚について悩んでいるのはよくわかっているつもりだ。アタシもいまは無理に結婚するような時代ではないと思っている。でも、息吹を見てるとあれこれ口を出してしまいたくなるから、この手紙を書くことにしたよ。
 アタシが遅い結婚をして、子供ができるまで苦労した話は前にしたね。これはあの話の続きなんだ。
 じいさんは無口で頑固で何を考えているのかわからない人で、嫁入りしたばかりの頃はなんでこんな人と結婚したのかと後悔した。でも、あの頃はうちの畑もまだラベンダーを育てていて、その世話をするのがアタシの唯一の楽しみだったんだ。
 時代が変わってラベンダーの収入が減ると、じいさんはすぐに畑をつぶしてしまった。子供が授からず姑からきつく当たられていたアタシは、心のよりどころを失って実家に帰ろうと思ったんだよ。でも、それを引き留めたのがじいさんだった。
 相変わらず何を考えているかわからなかったけど、家に残ったおかげでアタシも子供を授かったんだ。子育てや家のことに追われるうちに、いつの間にか離縁したい気持ちも忘れてしまっていた。
 じいさんが齢をとって入退院を繰り返すようになると、ふたりでいる時間が増えた。その時に、思い切って聞いてみたんだよ。どうしてあの時、実家に帰ろうとしたアタシを引き留めたのかってね。
 本当はラベンダー畑をつぶしたくはなかった。アタシたち家族を養うために仕方ないことだった。でも、あんまりにもお前が悲しむから、その畑でうんとおいしい野菜を作ろうと心に決めたと、じいさんは言ったんだ。
 自分が育てた野菜を自分の大切な人が食べて、それがその人の身体になっていく。自分は気持ちをうまく言葉にできない人間だから、野菜を通してお前に自分の気持ちを伝えたかった、ってさ。
 その次の日に、あの人は息を引き取ったよ』
 そう綴った文字が、少しだけ震えていた。
『偶然かもしれないが、アタシが子供を授かったのは畑で育てた野菜を食べるようになってからなんだ。子供たちもみんな元気に育って、ひ孫を抱くこともできた。アタシたちはいつも、この畑でじいさんに守られていたのかもしれないね。
 こんな不器用な夫婦だけど、最後までこの人と一緒にいられてよかったと思っている。参考になるかはわからないけど、この話を孫たちにするには恥ずかしいからね。息吹にだけ話しておくよ』
 結びの言葉を残し、トワの手紙は終わった。
 息吹はしばらく、その場から動くことができなかった。
 何度も繰り返し読み、そして、いままで食べた稲瀬農園の味を思い出す。自分が食べていた野菜には、あの畑を守った夫婦の深い愛が込められていた。
 そしてトワは、その愛を息吹に分け与えてくれていたのだ。
 手紙を胸に抱きしめていると、息吹のスマートフォンが鳴った。
「……もしもし?」
 電話は穂高だった。
「いま、富良野の寮に帰ってきたよ。心配かけてごめんな」
 その聞き慣れた声に、息吹は張りつめていた気持ちが緩むのを感じた。
「仕事中だった?」
「ううん、これから行くところ」
 電話の向こうの声が、少し疲れている。彼は気丈にふるまっていたが、嵐の一夜を越すのは大変だったに違いない。
「あのさ、穂高」
 手紙を胸に押し当て、息吹はひとつ深呼吸をする。彼と話していると、駅の喧騒が遠ざかっていくような気がした。
「穂高のおじいちゃんって、どんな人だったの?」
「じいちゃん? 無口で、頑固で、何を考えてるかわからない人だったな」
 てっきり、溺愛した孫には口数も多かったのだと思っていた。けれど祖父は、トワにも穂高にも同じ態度を貫いていたらしい。
「でもさ、じいちゃんの作った野菜は本当においしかったんだよ。食べたらそれだけで元気になれる気がしてさ。うちの家族はみんなじいちゃんの野菜を食べて大きくなったし、あれがじいちゃんの愛情だったんだろうなっておれは思ってるよ」 
 祖父の愛は、たしかに、穂高にも伝わっていた。
「……雪が溶けたら、そっちに遊びに行ってもいい?」
「いいよ。でも、雪が溶けたら畑で忙しくなるかも」
「そっか、春は忙しい時期だったね」
「息吹が来るならその日はあけるよ。予定決まったら教えて」
 彼は眠気に襲われているのか、声がくぐもって聞こえる。昨夜の疲れが残る彼に長電話は酷だなと、息吹は反省する。
「切るね。今日はゆっくり休んでね」
「もう少し、このまま……」
 布団の中にいる彼の姿が目に浮かんだ。
「あのさ、穂高」
「なに?」
 あなたのことが好きだよ。
「……穂高が眠るまで、そばにいるね」
 その言葉が、声にならなかった。
 トワの手紙で知った愛の物語。彼らに比べれば、自分のこの気持ちは産まれたての赤子のようだった。
 自分の胸にある穂高への気持ち。それに名前を付けることが許された気がした。
 言えば穂高は笑ってくれるだろう。けれど息吹が見たいのは、この先もずっと、彼が笑っていられる世界だった。
 たわいもない話をするうち、彼の言葉が途切れ始める。眠りの世界に落ちかけているのだろう。
「……おやすみ、穂高」
 かすかな寝息が聞こえはじめたころ、息吹はそっと通話を切った。
 札幌駅を出ると、外は雪が降り始めていた。コートに降る雪が崩れ、転がる結晶を、息吹は白い息を吐きながら見つめる。
 雪の結晶が、わずかな体温で溶けていく。自分のこの気持ちも、淡雪のようにすぐに溶けてしまうのかもしれない。
 穂高のことが愛おしい。
 この気持ちを、いつまでも大切にしたいと思う。
 降りしきる淡雪の中、その気持ちが、息吹の胸を穏やかにあたためていた。


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