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宅配便でクリオネが送られてきた話。
みなさんは流氷の天使と呼ばれる『クリオネ』をご存じでしょうか?
季節は冬。厳寒の1月下旬に北海道のオホーツク海に流れ着く流氷は、3月上旬まで海岸を氷で埋め尽くし、海底を削り取って磯掃除をしてくれます。また、流氷に付着したプランクトンが海を豊かにするのも有名な話ですね。
流氷の下にはプランクトンを捕食する生物がたくさんいて、その中のひとつが、そう、クリオネなんです。
わたしは北海道の海沿いの町に生まれましたが、太平洋側のため流氷が接岸する地域ではありません。豪雪地帯の日本海側、流氷に閉ざされるオホーツク海側と違い、太平洋側は雪が少ないためスキーよりもスケートが得意な子どもでした。
今でこそメジャーなクリオネですが、わたしが小学生の頃(平成ですよ)はあまり一般的ではないように記憶しています。
少しずつテレビで紹介されるようになったクリオネは、ひらひらと羽ばたくような泳ぎ方や、胸の赤い消化器官がハート型に見えることから『流氷の天使』と呼ばれ一役有名になりました。
別名をハダカカメガイ。実は巻き貝の仲間であるクリオネは、愛らしい見た目とは裏腹に捕食シーンが衝撃的であることも知られています。小さな角のようなものが生えた頭がぱっくりと割れ、飛び出した触手が餌を絡め取って食べるのです。
ちなみにこの触手を『バッカルコーン』と呼ぶことを有名にしたのは中川翔子ことしょこたんですね。
ハダカカメガイもバッカルコーンも何も知らなかった小学生時代。クリオネがテレビで紹介され、ブラウン管の前でかわいいかわいいと騒いでいた……、キャラクターものを集めるのに夢中だった小学校三年生。流氷が漂着しない太平洋側ではクリオネなんて見る機会もありません。
冬のある日のこと。お出かけから帰宅したわたしたち家族は、郵便受けに宅配便の不在通知が入っていることに気づきます。
送り主は離れて住む親戚。毎年、タラバガニをはじめおいしい海産物を送ってくれる伯父の名前でしたが、荷物が届いたのはお歳暮シーズンも終わった1月のことでした。
そこに書かれた品目を見て、両親が不思議そうな顔をしていたのを今でもよく覚えています。
「クール便に『流氷(クリオネ)』って書いてある……」
「クリオネ!?」
と、家族全員でびっくり。しかし再配達の時間が過ぎてしまったため受け取りは翌日に。親が親戚にお礼の電話をかけていました。
そう、伯父の仕事はオホーツク海の上で船に乗る漁師さん。荷物を送ったのはその奥さんでした。
テレビで紹介されるようになったクリオネを遠くに住む姪たちに見せてあげたいと、クール便につめて送ってくれたと言うのです。テレビでしか見たことのないクリオネが我が家にやってくる! わたしと姉は大喜びでした。
クリオネが届いたら水槽に入れてあげよう。海水はこちらの海でも大丈夫かな? 上に流氷を浮かべてあげようねとドキドキしながら布団で眠り、翌日は学校で友達に「今日クリオネが届くんだ!」話す興奮っぷり。名前はクリちゃんにしようかなオネちゃんにしようかな。
真冬の冷たい風で頬を真っ赤にしながら帰宅すると、家にはクール便が届いていました。
「お母さん、クリオネ届いた?」
と、飛びついたのは発泡スチロール。伝票にはやはり『流氷(クリオネ)』。
期待に胸を高鳴らせながら蓋を開け……まず目に入ったのは大きな氷の塊。
子どもの腕で一抱えほどあったそれが、流氷です。
さらにペットボトルに入った液体……オホーツクの海水です。飼育できるようちゃんと用意してあったのです。
さてクリオネは? ジャムの空き瓶の中に入っていました。
「クリオネだ……!」
姉と奪い合うようにジャムの瓶に手を伸ばし、念願のクリオネを見るわたし。
思っていたより小さい!
白くて羽みたいなのが生えてる!
胸が本当にハートみたいになってる!
……でも。
「なんか元気ないね」
「寝てるのかな?」
二匹のクリオネはぐったりと横になっていました。
瓶を揺らすとかすかに羽ばたくものの、明らかに弱っている様子。
「お腹空いたのかな?」
「クリオネって何食べるんだろう?」
「流氷あげたら元気になるかな?」
瓶の蓋を開け、砕いた流氷を浮かべても泳ぐ様子はありません。
「水がぬるいのかな?」
「冷蔵庫に入れたら元気になる?」
と冷蔵庫に入れ、たびたび様子を見ましたが相変わらずぐったりと横になったまま。
淡水の熱帯魚を飼ったことはあっても、海水の飼育はおろかクリオネなんて飼ったこともありません。わたしたちは冷蔵庫の中でクリオネが元気になることを願うことしかできませんでした。
伯母が送ったときには元気に泳いでいたというクリオネ。クール便で送られるという温度管理の徹底ぶり。プランクトンが付着した流氷も換えの海水も抜かりなく。
しかし、クリオネが元気になることはありませんでした。
父が「受け取るのが遅くなったから酸欠になったんだべか」と呟いていたのを覚えています。
はじめてのクリオネはそんな切ない思い出に終わりました。
その後、家族旅行で伯母たちに会いにオホーツク地方に行った際、紋別市にある氷海展望塔のオホーツクタワーに行きました。
従兄弟たち展示物について教えてもらい、アザラシを愛で、海底階にあるミニ水族館を歩いているとクリオネの入った水槽がありました。
円柱の水槽の中にはクリオネがたくさん。みんな元気に泳いでいて、テレビのとおりの愛らしい姿でした。
しかし、水槽の端には循環の水流に巻き込まれてくるくる回転するクリオネの姿が。泳げば逃げられるはずなのに、そのクリオネは元気がなく水流に巻き込まれ続けられるばかり。
母と「クリオネを飼うのって難しいんだね……」と話したオホーツク旅行でした。
月日は経ち、小学校高学年になったある日。朝の会で担任の先生からお知らせがありました。
「今朝、地元の海にクリオネが来たと漁師さんが持ってきてくれました!」
なんと、太平洋側の海にもクリオネが来たことがあるんです。
「食堂の冷蔵庫に入ってるから、みんな休み時間に見に行ってね!」
小学校では全校児童が同じ食堂で給食を食べていたのですが、そこにはガラス張りの冷蔵庫がありました。
お知らせを聞いた児童たちは、休み時間になると我先にと食堂に走りました。一年生から六年生まで入れ替わり冷蔵庫に張り付き、ガラスの向こうにあるクリオネを見て騒いでいます。
冷蔵庫の中のクリオネは一匹。理科室のビーカーの中にいました。
小さな羽でふよふよと羽ばたく愛らしい姿。そのクリオネは児童たちに見守られながら、ビーカーの中で元気に泳いでいました。
大人になった現在、各地の水族館に行くとクリオネが展示されていることが増えました。大阪の海遊館で会ったときは「お前、こんなところにもいるのか!」と感動したものです。
クリオネを見るたびに、わたしは宅配便で送られてきたクリオネのことを思い出します。
ジャムの空き瓶に入れてクール便で送った伯母も、小学校に通う児童たちのためにクリオネを持ってきた漁師さんも、みんな子どもの喜ぶ顔を見たかったのだろうと思います。
その優しい気持ちがわかるようになった今、今度は自分が子ども達に見せてあげる番なのでしょう。
さすがに宅配便では送らないけどね。笑
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