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うつつにあらはすもの-表現者-

 暗闇に包まれたステージ。
 ひそやかな音楽が流れだす。マイケルジャクソンの独特な曲調。

 しばしの静寂。
 観客の意識が自然とステージへと向けられる。
 私は息をつめてそちらを見つめた。

 突如始まるアップテンポ。同時に、スポットライトが中央をカッと照らした。
「わあ…」
 黒い影に見えていたものが、急に人の形をとった。
 真っ黒なスーツに真っ黒なハット。全身に黒をまとった踊子が、リズミカルに曲を描く。
 衣装にちりばめられたスパンコールが、ライトを反射してきらきら光った。

 一糸乱れぬダンス。
 輝く笑顔。
 ライトに照らされた彼女たちは、観客の視線を一身に受けながら堂々としていた。

 かっこいい、と思った。私もあんな風になりたい、と、強く願った。






 それが、小学校三年生の頃の話だ。私は、叔母に連れられて見に行ったダンスの発表会で、ダンスに魅入られてしまったのだった。

 舞台で輝きたい。
 みんなにちやほやされたい。
 人の中心で笑っていたい。

 ダンスなら、そんな願いを叶えられると思った。
 体育が得意で、みんなから持て囃されているあの子も、話が上手で、いつも人の中心にいるあの人も、私の憧れだった。
 私は普段人前に立つことが苦手だったし、体育もそんなに得意な方ではなかったけど、いつでもみんなのなかにいたいって思ってた。ダンスなら、そんな存在になれると思った。
 根拠のない自信が内側からあふれた、そんな瞬間。

 初めはもちろんうまくいかなかった。みんなが当たり前にできていることさえ満足にできなくて、焦ったことが何度もある。ターンなんか全然綺麗に回れなくて、毎回あらぬ方向へとたたらを踏んだ。このままじゃヤバイ、って思ったけど、それでもめげずに家で練習した。
 だんだんできなかったことができるようになって、大人からも認められるようになって。嬉しかった。もっとやりたいと思った。

 これまでに書道や英会話を習ったこともあったけど、ここまで熱くはならなかった。ここまでやる気がでたのはダンスだけ。あの時、「ダンスがやりたい」と直感的に思ったのは、運命だったのかもしれない。
家族の支援も大きかったと思う。父と母は「真衣が楽しいなら」と自由に習い事をさせてくれたし、祖母も事あるごとに「真衣ちゃんのダンスが一番だよ」と褒めてくれた。そしてなにより、身近に叔母がいた。叔母は、ダンス教室の先生の中でもすごい人だった。外部の人から写真を求められることもあるほどで、みんなからちやほやされていた。そんな叔母がうらやましくて、私もあんな人になりたいって、今でも思っている。
 父と母が温かく見守ってくれて、祖母が応援してくれて、憧れの叔母が近くにいてくれたからこそ、私はダンスを大好きなまま続けることができた。

 ダンスはずっと私の味方だった。現実世界でうまくいかなくても、その分ダンスに力を入れることができた。私は努力してきた自信があるし、踊っている間だけは主役になれた。
 ダンスだけは誰にも負けたくないと思った。ここでなら、置いていかれないって思った。


 そう、私にとって、「置いていかれないこと」が、すごく重要だったの。


「まいちゃんは、先生の親戚だから」
「贔屓されてるんじゃないの」
「まいちゃんが前に出るのはずるい」

 言葉に出されなくても、そんな思いが伝わってくる。
 同じダンス教室の同期の子たち。私より先にダンスを始めた子たち。
 私は後から入ったけれど、私の方が上手だった。私の方がたくさん舞台に上がらせてもらえた。
 思春期の子どもの、小さな妬み。
 子どもだけれど、それでも女の子は怖い。

 教室の二十周年記念。四人いた同期は、みんなで服をそろえてきていた。
私に何も言わずに。
当日の会場の端で。一人だけ装いの違う私を、あの子たちはどんな気持ちで見ていたのだろう。
私も、何も言わなかった。言えなかった。
別に、落ち込んだわけじゃない。引きずってるわけでもない。ただ、ちょっとびっくりして、ちょっと悲しかっただけだ。
感情は、私の内側だけでぐるぐると渦巻く。
形にならない思いが。
言葉にできない気持ちが。
心のなかでただもやもやと漂うだけ。私は、心を表すすべを知らなかった。

 中学校も、苦しいことが多かった。時が早く過ぎ去ることを願って、卒業の時期を心待ちにしていた。
 友達とうまく行かなくなって。
 人目が怖くなって。
 置いていかれないように、私はうわべの言葉を必死に作っていた。
 いい子ぶって、理解のある優しい友達の仮面をかぶって、自分を偽った。
 本当は、無視しないでって言いたかった。私を大事にしてって言いたかった。本音で話したかった。本音を話してほしかった。
 私もあの子も、纏う空気は冷たかった。

 心が冷えていく。
 からだから熱が抜ける。
 足は愚鈍に。
 指先は固まって動かない。

 息が詰まりそうだった。
 私をみないで。






 観客のざわめきが聞こえる。真っ暗な闇の中。スローテンポのゆっくりとした曲調が流れる。
 頭上で、パッとライトがついた。光のなか、真下に自分の影が見えた。

 みんなが見てる。

 のびやかに、しなやかに、歌詞を纏う。
 スローテンポの曲は、ゆったりしているから、ごまかしがきかない。その人の力量も、基礎も全部わかる。だけど、その分、表現の幅が広いのもスローテンポならではだ。
 形にならない私の心も、表に出せない感情も、ここでなら。

 指先一つで、繊細な歌詞を刻む。
 足が軽やかにステップを踏む。
 からだに熱が昇っていく。
 心が、燃えている。

 ここは、私のフィールドだ。誰よりもうまく、だれよりも存在感を持って踊ってみせる。
 唯一無二の、私の舞台。誰にも、譲るものか。

 腕を振り上げる。視線が集中するのが分かる。

 だから、みんな。
 私を見て。
 私を!

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