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【希望】男が使えない鍵を渡されて満足した理由

遅い夜、静かな駅のホームに一人の男性が立っていた。彼は仕事で疲れ果て、早く家に帰りたかった。時計を見て、終電の時間が迫っていることに気づいた。数分後、電車がホームに滑り込んできた。

乗り込んだ車内はガラガラだった。男性は適当に席に腰を下ろし、目を閉じた。次の駅に着いたとき、電車が少し揺れたが、誰も乗ってこなかった。再び電車が走り出す音に耳を傾けながら、彼は徐々に眠りに落ちていった。

突然、電車が急停車した。男性は驚いて目を開けた。車内の照明がちらつき、不気味な静けさが漂っていた。外を見ると、見知らぬ駅に停車している。駅の名前は「終点」と書かれていた。

「終点?こんな駅、聞いたことがない…」

男性は不安を感じながら、電車から降りてみた。ホームには誰もいない。駅全体が薄暗く、異様な雰囲気を醸し出していた。ふと、彼の目に奇妙なポスターが映った。それには「ここでの下車は自己責任」と書かれていた。

急に背後から重い足音が聞こえた。男性が振り返ると、黒いコートを着た人物が近づいてくる。顔は見えないが、その存在感は圧倒的だった。

「ここはどこですか?帰りたいんですけど…」男性は震えながら尋ねた。

黒いコートの人物は無言で手を差し出し、小さな鍵を渡した。その鍵には「希望」と刻まれていた。彼は鍵を受け取り、急いで電車に戻った。ドアが閉まると、電車は再び動き出した。

目を覚ますと、彼は自分の駅に到着していた。時計を見ると、終電の時間を大幅に過ぎていた。しかし、彼は不思議と安心感に包まれていた。

後日、彼はその駅を訪ねてみたが、「終点」という駅はどこにも存在しなかった。彼が体験したあの出来事は夢だったのか、現実だったのか、いまだにわからない。ただ一つ確かなのは、彼のポケットには今もあの「希望」の鍵が残されているということだった。

男は今、家族に看取られながら、天寿を全うしようとしていた。結局、あの鍵がなんだったのかは分からない。鍵には、それと対となる錠前が必要だが、そのようなものはついぞ見つからなかった。だが、男はそれでもよかった。希望というのは、ただそこにあるだけで価値のあるものなのだ。

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