答え探し
海外にいると、当たり前のことだけれど言葉も食事も違う。気温さえも違う。
そうすると、より住みやすさを構築するためにそれぞれの国独自の「思考」が作り上げられる。
運ガチャのような形で、たまたま僕らは日本という国に生まれた。
そして、それは先進国と言われる場所である。
そのため、最先端の情報や最新技術というのは常日頃アップデートされやすい環境にいる。
海外の途上国にいると、「何でそうなんだろう。」と思うことは多々ある。
そして、初めのうちはそれに対して自分の中にある日本で培った日本なりの正解に基づく思考を当て込んで、正解や不正解を決める。
そもそも、正解や不正解を決める必要なんてないというのが今の考えだ。
お互いに考えが違うと言う前提に基づいて、答えと思しきものを擦り合わせていくと言うのが僕の思う最適解だ。
でも、それすら正解とかではなくて
お互いの対話やアイコンタクト、仕草から「これが僕たちの中でのベストだよね」というものを探すんだ。
それこそが海外に生きる外国人として、外国籍選手として難しいことでもある。それができると大幅に変わる。
なかなか簡単なことではない。
なぜなら先進国というレッテルによって自分の頭の中では自分の方が彼らより正しいであろう可能性が高いと思うからだ。
なぜなら冒頭で述べたように最新の技術や情報がアップデートされやすい環境にあって、
僕ら日本人でも、アメリカやヨーロッパの最先端と聞くと勝手にそれが正しいとか、新たな考え方だと思って鵜呑みにしてしまわないだろうか。
しかし、そこには大きな「思考」の違いも隠れている。
それはメリトクラシー(meritocracy:能力主義)に対する考え方の違いによるものではないかと思った。
それに関しては次回、書こうと思う。
今日の学びとしては、
自分の考えが全てではないし、先進国という国にたまたま生まれた僕たちは途上国や自分より年齢の低い人に対して凝り固まった思考を振り回すことがある。
それは自分の頭の中での正解や不正解なだけであって、多様性のある世界、社会においてはそれぞれの思考のすり合わせから
それぞれの最適解を導き出す作業の連続だと思うのだ。
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