見出し画像

学生からの質問「授業中に内職してる学生ってどうしますか?」

教職の学生からふと雑談中に聞かれて、なんとなく自分の納得いく回答ができなかったなぁ、とモヤモヤしていたので改めてこの記事を書くことで自分の考えを整理してみようと思う。基本的に考えた順番に書き出していくので読みづらさはご勘弁いただきたい。

まず一つ、教職の学生たちが将来見ることになるであろう中高生と、私が今見ている大学生とでは、ちょっと考え方も変わってくるのかなというのは大前提にある気がする。
3月までは中高で教えていたし、教職の学生たちの関心も中高生にあるはずなので、まずは中高生への指導として考える。

私の考え方の根底にあるのは「内職したくなるような授業を展開してしまっているこちらに責任がある」という考え。なので、仮に授業中の内職を注意・指導するとしても、心の中では「こいつダメだな」とかではなくて、「俺の授業ダメだな」という感じになる。

私は常に内職を注意する人でもなければ、全く注意しない人でもない。では、内職を注意する時としない時の差はどこにあるんだろう。
おそらく一番大きいのは「授業内の課題を終えているか」だろう。授業中にやるべきことをやらずに別のことをやっている場合は、大抵「もうプリント終わった?」とか声をかける。
授業内課題が終わっていて、かつ次に出す課題もない時は大抵声をかけない。いや、「何してんの?」と声をかけ、何をしているかを把握した上でそのまま続けさせることが多いかもしれない。
「あー、今数学の課題が忙しいんやな」「理科の先生そんな宿題出してるんだ、面白いな」みたいな発見がある時もあるし、生徒とのコミュニケーションの機会にもなる。

個人の生徒が課題を終えていても内職を止めるタイミングがあるとしたら、グループ全員がそれを終えることが目標とされている時だろう。「グループの人たちの答えと比べてみて」とか「ちょっと〇〇さんのヘルプしてあげて」とか言って、授業に引き戻す。
今大学で教えている中では、1,2年生の4技能科目がこの感覚に近い。どの課題も基本的にグループの人に助けてもらってでも完遂することを目標にしているので、自分が終わっただけでは授業での責任を果たしたことにはならない。特に1年生の方の授業ではそういう空気を前期から上手く醸成してこれたので、いわゆる「内職」をしている学生はほとんどいない。(というか、そんな暇はないぐらい忙しい授業とも言える)
とは言え、辞書を持っていない学生が多くてスマホで調べることもOKとしていることもあって、ついついインスタを見たりLINEを返したりしてしまう学生も散見されるが、私やSAが近くを通ればサッとしまって課題に戻る。
私としては、それでいい。特に大学生であれば。
私の見てきた中高生の場合はタブレットで授業と関係ないことをしてしまっている時、視野が狭すぎて私が近づいていることに気づくの遅れ、しっかり注意されるような子も多かった。私としては冒頭に書いたように「あー、自分の授業がダメなんだ」という気持ちなので、その気持ちを持ちながら生徒に注意・指導しなければいけないのは億劫になってしまいがちだ。大抵、肩をポンとして気づかせるぐらいで終えることが多い。ただ、学年で対応を共通させようという流れになった時には、結構厳しくiPadを取り上げたりしたこともあった。あれが人間を育てる上で正解の対応だったのかは未だにわからない。

ここまで書いてきて思うのは、自分は内職には比較的寛容な方だろうということだ。その理由は二つあって、私自身が内職の時間をかなり上手く使って成績を伸ばした経験があることと、今でもほとんどの会議中に内職せずにはいられない人間だからだ。(ごめんなさい)

高校時代は学校の英語の授業を聞かないことを心に決めていたので、私が数学の4stepや青チャートを進めていた時間のほとんどは英語の授業中である。英語が得意で、学校の英語の授業を真面目に受ける必要はないと判断し、その時間を有効に使おうという判断をしたことで、センター数IAなら9割ぐらい取れる、そこそこの数学力を身につけることができた。繰り返しているように、100%集中しようと思える授業をできていないのはこちらの責任なので、その上でさらに成長の機会を奪うなどということはできない。私が価値があると思って出している課題さえ終えていてくれれば、空いている時間を空を眺めて過ごすよりは別の勉強をしていてくれた方がいいとさえ思う。
そして、私だけでなく多くの大人が恐らくそうであるように、大人だって内職しているはずというか、内職を上手くやらないと家に帰る時間はどんどん遅くなっていく。会議中にはもちろん大事なこともあるが、資料を読めば分かるところを一応話さなければいけないから話している人がいて、それを聞かなければいけないから聞いている人がいる。そういう時間は読む・聞くという行為をぼんやりとやりつつ、切羽詰まっている別の仕事を進めるのが普通だろう。

つまり、内職を学力の問題として批判するのであれば、教師が出した授業の課題を完璧にこなしている場合には内職を止めることができないし、人間性の問題として批判するのであれば、教師も自分の会議中の行動から変える必要がある。(もちろん全ての会議に全集中している先生もいるだろうけど)

とは言え、授業デザインにこだわりたい人間としては、私の授業を前にして「次の授業でこの宿題終わらせれるわ」とか思わせないことが目標で、むしろ「ごめん、次の授業はちゃんと聞きたいから宿題進められんわ」みたいな会話が生まれるぐらいを目指している。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?