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文体をめぐる冒険 綿矢りさ編『亜美ちゃんは美人』

前回は疲れた。

毎回毎回日本語文体論とかを持ってきて話をするのは疲れるので今日は肩肘張らずに、長くなりすぎないように文体にこだわらずに小説を研究するという気持ちで書いていこうと思う。(文体を考える上での項目は日本語文体論が底にあるのは変わりないが)

なお、今日の記事はネタバレが含まれるが、基本的には物語冒頭にしか触れていないのであまり気にせず読んでほしい。

ということで今日は綿谷りささんの『亜美ちゃんは美人』を取り上げようと思う。前回の三島由紀夫さんが「昭和男性」の文章だとすると今回の綿谷りささんは「平成女子」の文章だ。今回取り上げる『亜美ちゃんは美人』は、単行本『かわいそうだね?』の中で同作と一緒に収録されている一篇で、131ページ目から始まる。

引用文

 〈1〉さかきちゃんは美人。〈2〉でも亜美ちゃんはもっと美人。〈3〉グリム童話「白雪姫」で継母の女王様は「女王様は美しい。でも白雪姫はもっと美しい」と魔法の鏡から衝撃の告白を受けて、鏡をぶち割った。〈4〉しかし魔法の鏡に訊くまでもない。〈5〉さかきちゃんは美人、でも亜美ちゃんはもっと美人。
『かわいそうだね?』(綿谷りさ・文藝春秋)p131

文体をめぐる

文体の概説

一文目からかっとばしている。
一人称は、‘さかきちゃん’という‘私’でもなければ‘僕’でもないし一般的な三人称の人名でもない。しかも短文で体言止め。「〈1〉さかきちゃんは美人」。

二文目もぶっとばしている。
「〈2〉でも亜美ちゃんはもっと美人」。
逆説の接続詞の‘でも’と程度副詞の‘もっと’を除けば〈1〉と完全な並列文の「亜美ちゃんは美人」。

というか一文目と二文目は‘。’がなくて助詞でつなぎ「さかきちゃんは美人だが、亜美ちゃんはもっと美人」というふうにしてもいいように感じるが、あえて句点を入れて体言止めの連続にすることで冒頭の文章にリズムをつけているのでだろう。

三文目はメルヘンな例示だ。もっとも、ただメルヘンな例示をしたいのであれば
「白雪姫」で継母の女王様は「女王様は美しい。でも白雪姫はもっと美しい」と魔法の鏡に言われて、鏡を割った。
くらいで良いところをあえて、
‘グリム童話’「白雪姫」と書いたり、もしくは‘衝撃の告白’と強めの単語を選んだり、あげくに動詞の前に接頭語をつけて‘ぶち’割ったとしてみたりすることで
パワフルな女の子、ちょっとショッキングピンクな感じの文体になっている。

四文目はまた逆説の‘しかし’を使ってリズムを整えている。また、「自分は白雪姫ではない」とかではなく魔女と自分を重ね合わせた「鏡に訊く」という例示を選択しつつ「までもない」と格が違うことを述べる。

五文目は〈1〉と〈2〉をくっつけただけの文を繰り返し使うことでとにかく「美人な亜美ちゃん」と「劣ったさかきちゃん」の構図を強調している。また‘。’を‘、’に変えただけではあるが、二回目登場なので‘、’にして少しリズムに変化をつけてわずかな味変をしている。

この引用文全体をとおして言える特徴は、

言葉選びがガーリーだ。(ちゃん、シンデレラetc)
口語文の中でも、くだけた口語を使っている。
ただ、案外カタカナ言葉は使わない。
文長はかなり短い。(10,14,65,16,24):平均25.8文字
文末が多様だ。(体、体、た、ない、体)

結果として、勢いのある現代女子みたいなテイストを感じる。引用文は小説の一番最初の段落だが、この特徴は作品全体を通して続く。

作品世界と表現方法(作品と主材)

この小説は引用文で散々強調されるように「‘美人な’亜美ちゃんと‘一緒にいる’坂木ちゃんの関係性」を描いた作品だ。

そしてその関係性をとにかく描きまくる。

関係性を描くための主材に「他人の反応」を使う。

例えば入学式でたまたま前の席だった亜美ちゃんと話していたさかきちゃんが、他の女子から睨まれていたシーン。

みんなこの娘と話したいんだ。可愛いし目立つから友達になりたい、自分のグループに引き込みたい、入学式が終わればすぐ話しかけようと狙っている。
『かわいそうだね?』(綿谷りさ・文藝春秋)p134

インカレサークルの新歓コンパに入ったシーンでは「めっちゃかわいいね」とちやほやされる亜美ちゃんと、大学デビューを狙っていたのに亜美ちゃんと一緒にいたせいで家に帰ってから泣くはめになったさかきちゃん。

「良いキャラしてるね、亜美ちゃん。芸能界に入っても受けそうなのにもったいないな」
 亜美ちゃんを誉めそやす男子のうち一人が、ちらっと坂木ちゃんに一瞥をくれた。
「で、こっちの人がマネージャー?」
『かわいそうだね?』(綿谷りさ・文藝春秋)p144

とまぁ、こんな感じで他人の反応をうまく描いて亜美ちゃんとさかきちゃんの関係性を描くわけです。これだけでも十分二人の関係性がわかるのではないでしょうか。

さかきちゃんはこんな関係性を生きてきてイライラしてたんでしょうね、物語開始わずか三ページ目にして「亜美、たぶんわたし、あなたのことが嫌いだよ」とか心の中で呟いちゃってます。

と、ここまでかわいそうなことを書いていると、おいおいさかきちゃんは大丈夫か? と心配になる方もいるでしょう。

安心してください。さかきちゃんは大丈夫です。

なんでかっていうのはまぁ、小説を買って読んでください笑


最後に、さかきちゃんとの関係性ではないですが、他人の反応を主材として亜美ちゃんのクラス内での特別さを表す会話文があるので引用します。亜美ちゃんが別のクラスの男子に告白されたことについて、ソフトボール部の奈々とその友人が会話している内容です。下の「」が奈々の発言です。

「身の程知らずだよね、かわいそうに。亜美は迷惑がってなかった?」
「亜美は迷惑がってなかったけど、内心はいやだったと思うよ。大丈夫、吉岡が近づこうとしたら、私が徹底的に退けるから」
『かわいそうだね?』(綿谷りさ・文藝春秋)p135より、一部加工

結構秀逸に亜美ちゃんと奈々の関係性が表現されてると思いました。いかがでしょうか。
ちなみに、この会話は2章です。そこから奈々は一切登場せず、8章になって急にその章の主要人物として登場してきます。どういう人として登場するかは、まさにこんな感じで登場するんですけど、詳細はぜひ小説を読んでください笑

主要人物と作品構成をめぐる

文体からはだいぶ離れますが、主要人物と作品構成について触れます。

登場人物(役割)

●メイン

・さかきちゃん
主役。物語の語り手。フツメン。
亜美ちゃんとはニコイチだけど、好きってわけじゃない。
たぶんしっかりもの。たぶんキラキラした人生に憧れている。

・あみちゃん
メイン。物語の主材。超絶美人。
坂木ちゃんとニコイチで、坂木ちゃんにいつもついて回る。
自己主張が強いとかではない。可愛すぎて人が集まってくる。

●主要人物

・長野毅
4章・7章で登場。
インキャ山岳部の幹事長。4章で亜美ちゃんの気持ちを変え、物語の流れを変える。どういうふうに変えるかは言えないが、物語に安定をもたらす。

・小池くん
5章・9章で登場。
亜美研究会幹事長。亜美ちゃんオタク。物語の中で、坂木ちゃんと小池くんだけが、亜美ちゃんを「かわいい」以外の視点で評価できる。下記は小池くんの初登場会。

「さかきさんは、亜美さんとは長い友達でいらっしゃるんですか?」
「まぁね。高校生からの友達。このサークルにも一緒に入ったの」
「なら苦労されてますね」
意外な言葉に、さかきちゃんはぎょっとした。
『かわいそうだね?』(綿谷りさ・文藝春秋)p167

・奈々
2章・8章で登場。
ソフトボール部の陽キャ。亜美ちゃん好き軍団。さかきちゃんに比べると、全然あみちゃんと仲良くない。
8章で物語の展開を微妙に動かし、9章の小池くん編につなげる。

●その他

・××
物語のキーマン。ただ、秘密。

構成について、もう少し詳細に分析したが、あまりにもネタバレになってしまうのでここでは控えることにした。

構成と登場人物

『亜美ちゃんは美人』は11章で構成されています。
推定原稿用紙枚数(400字詰め換算)と、坂木ちゃんを除いたその章の主要人物を書くと以下のような感じになります。ちなみに6章で物語は一気に動き出すが、それは読んだ人のお楽しみということで……!

●1章〜2章  高校生編 原稿用紙17枚分
 1章 亜美ちゃん
   2章 亜美ちゃん、(奈々)
●3章〜5章  大学生編 原稿用紙37枚分
 3章 亜美ちゃん
 4章 長野毅
 5章 小池くん
●6章〜11章 社会人編 原稿用紙63枚分
 6章 ××
 7章 長野毅
 8章 奈々
 9章 小池くん
 10章 亜美ちゃん
 11章 亜美ちゃん

主要人物と構成の感想

登場人物の中で、この物語を分かりやすく面白くしているのは小池くんだと思う。「とにかくかわいくてちやほやされる亜美ちゃん」を‘肯定的な他人の反応’で描く副作用で、安易に否定的な反応を入れると描写がブレるがそこに‘好きすぎてネガティブなところまで見れるオタク’をいれることでうまく亜美ちゃんについて、坂木ちゃんとは別の角度から描くことに成功している。

信頼できない語り手とまではいえないが、坂木ちゃんでは明らかにできない‘坂木ちゃんと亜美ちゃんの関係’まで描かれることで、物語に深みを与えていると感じだ。

エピローグ

というわけで、今回の冒険はここで終わる。

綿谷りさ先輩は、作家歴は二十年の中堅・ベテラン層のキャリアであると同時にJK時代にデビューした若い作家である。

文体は若く、勢いがある。

このインタビューを見ると、
綿谷りさ先輩は今もなお新しい文体を模索しており、ネットの文章にその可能性を見ているようだ。今後も要チェックだ!

ちなみに、今回の一番の学びは、他人の反応を主材とした関係性の表現だ。他人の反応や会話文で関係性を記述するという技術は大変勉強になった。

また、新しい試みとして今回は構成と登場人物の小説における役割を自分なりに分析してみたが、結局その全てを記事に書くことはできなかった(あまりにネタバレだし)。今後はどうしようかなと考えている。

さて、次はどの作家の文体をめぐろうか。
非常に悩ましくも楽しみである!

文体をめぐる旅人の露天商

文体をめぐる旅で出会った関連本を露天販売することにしている。Kindleで買えるものはKindleで、買えないものは実物で、ぜひご購入くださいませ。

ついでに、日用品とかも一個くらいつけてみようかな。

①『かわいそうだね?』(綿谷りさ・文藝春秋)※『亜美ちゃんは美人』も収録

一冊買うと、二作読める。
『かわいそうだね?』は大江健三郎賞を受賞している。『亜美ちゃんは美人』は説明するまでもないが、強いて言うならば女優の松岡茉優も推している。女性に刺さる小説だというのは他の書評を見て思った。

②『オーラの発表会』(綿谷りさ・集英社)

綿谷りさの最新作(2021.8.26)。デビューしてから20年が経った綿谷りさ先輩が、女子大生のいとこにインタビューしながら書いた現代JDを題材にした本。これ、映画化ないかなぁ。

③『蹴りたい背中』(綿谷りさ・河出書房)

第百三十回芥川賞受賞作。当時、一九歳。これ以上言葉は必要ないだろう。


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