創薬研究のテーマ運営にありがちな課題感

創薬研究は化学、薬理、ADME、毒性、シミュレーションなど様々な分野の部署で協力で進められる。これだけ多岐にわたる分野の研究者で1つのテーマを進めていると、データの解釈や進め方の戦略が本質的に正しくない方向に進みがちだ。これまでの経験でよく見られた問題についてメドケム視点でまとめていきたいと思う。

その数値、どのくらい信頼できる?

どんな評価系にでも様々な問題がある。結合評価として信頼性の高いSPRですら固定化法やタグなどに影響を受ける。特に微妙なセンサーグラムのときに、Kdなどの数値だけを見て「結合を確認できた」というのか、他の結合評価系での確認などを経た後に「結合している」と報告するのでは大きく異なる。タンパク屋からするとそんなの当たり前じゃないかと思うかもしれないが、様々な事情により恣意的にデータが利用され、異常な解釈がまかり通ることがある。また、数値だけが一人歩きし、その数値自体が本質的にどれほどの信頼性があるのかが分かりにくくなったりすることもある。
もちろんだが、より複雑な評価系はさらに注意が必要である。NanoBiTなどのPPI評価系であったり、セルベースの評価系など複雑系であればあるほどオフターゲットの可能性が常にあること忘れてはならない。

そのシミュレーション、どのくらい意味がある?

近年、創薬においても計算化学の進展は凄まじいものがある。だがそうはいっても、シンプルな低分子のコンフォメーションの計算ですら、多くの仮定の上に成り立っている。タンパクの計算など言わずもがなであり、ドッキングやMDの結果は様々な要因で全く異なる結果を与え得る。現状の精度ではシミュレーションだけで結合ポーズや結合定数を確定的に予測することは不可能である。このような状況下にも関わらず、ドッキングのみでSBDDをやろうとしたり、ドッキングスコアを盲信して優先順位付けをしたり、といったことが起こるのである。

専門外の人にとっては、そんな精度の低いシミュレーションなんて使い道がないと思うかもしれない。しかし、シミュレーションにおいて重要なのは精度だけでなく、速度だ。HTSで数万化合物をスクリーニングするとなると、かかる費用と時間はとてつもない。ドッキングは精度はまだ高いとは言えないが、速度はかなり速い。大量の化合物ライブラリから実際にスクリーニングすべき化合物を選定するときなど、使い方によっては非常に役立つのである。

何でもがんばれば作用機序が明らかになると思うな

フェノタイプスクリーニングやドラッグリポジショニングなどで見つかった、セルベースの評価系で活性を示すが作用機序がよく分からないヒット化合物から展開する、といったことがあると思う。だが、その化合物が比較的ダーティである(様々なターゲットに作用する)場合、作用機序はそう簡単に解明できない。作用機序が分からなければ、SBDDでの最適化ができないだけでなく、毒性リスク評価など一般的な標的バリデーションができない。安易にダーティなヒットから展開するのではなく、作用機序解明まで考慮しつつヒットバリデーションを行う必要がある。

そのテーマ、いつやめるの?

どの企業にも、闇のテーマのようなものが存在する。コンセプトから勝ち目の薄いテーマであったり、ネガティブなデータを隠したりなどなど…。そのようなものではなく、テーマとしてはしっかりとした基盤があるが、なかなか良い化合物が取れなかったり評価系が安定しなかったりなどで、やめる判断が難しいというものについて言及する。こういう状況になりやすい1つの理由は、とりあえずやってみて結果がでてから判断するという考え方が染み付いているためである。実験者はそれでもよいが、マネジメント側がそれをすると現状の進捗に対して正確な打ち手を決めることはできない。ましてや、辞めるという非常に大きくリスクのある判断などそう簡単にできないのである。

個人的に重要だと思うのは、忖度しないタイムラインとクライテリアの設定である。担当者も含めて目標を明確化すれば、方向性がおかしくなることもない。ただ、一番難しいのは、明らかになった事実に応じてこれらを適宜変更することである。他社開発状況や特許に応じて客観的に判断し、やめる決断ができるか、というのはマネジメント層に求められる資質なのではないかと思う。

やりがいや楽しさ

ネガティブな感じで書き殴ってしまったが、創薬研究は面白いし、やりがいもある。研究を通して、病気で苦しんでいる患者さんに対して、根本的な解決策を生み出せる可能性があると思うと、素晴らしい職業だと思う。だからこそ、ちゃんと薬を創るために、お遊び創薬や社内政治創薬をやめ、サイエンスで創薬をやらなきゃいけないだろ、と思って思いつくままに書きました。ご意見ご感想をいただけると嬉しいです。

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