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プロである前に

YouTubeのおすすめ動画でフジテレビ報道部の裏側特集が流れてきた。取材からオンエアされるまでの過程が垣間見れ、影響力のある仕事は緻密さとスピード感が求めれることがよくわかった。空港での一般人への取材映像一つ流すにしても、とにかく大勢の大人が動く。ぼかし無しでオンエアできないかをオンエアギリギリまで検討するし、映像のつながりにもこだわるし、音のバランスにも神経質になる。とにかくクオリティの高いものを届けるために、大人たちが時に声を張り上げながらオンエアに間に合わせる。プロだ。プロフェッショナルだ。

だからこそ思う。
なぜ大谷翔平の家は映してもいいと思ったのだろうか。

大勢の大人が慎重に慎重にプロセスを踏み、これを世に届けないといけないという使命感を持ってあのニュースをリリースしたのだろうか。考えただけで恐ろしい。どのような画角で撮れば家がよく映るか、どんな見出しにすれば視聴者は食いつくか、局内では「もっといいかんじに大谷翔平っぽく調整して!」などと声を荒げる社員もいたのだろうか。人のプライベートを晒すためだけに、よくもまあ必死になれるものだ。

上からの人間に指示されただけ、だとしたら僕の見た動画の持つ意味は変わってくる。そこにジャーナリズム精神はない。吊り動画で再生数を稼ぐ悪徳YouTuberの動画作りと大差ないではないか。あなたはそんなことをするためにテレビ局に、報道部に入ったのか?

「ヒトラーのための虐殺会議」という映画がある。第二次大戦下でドイツの偉いさんたちが集まり「いかにしてユダヤ人を効率よく虐殺するか」を焦点に会議をするだけの映画だ。この映画にヒトラーは出てこない。上からのお達しを受けた重役たちが、一つの目標に向かってただ任務を遂行するだけだ。そこに善悪とか道徳は介入されない。言われたことをやる。だって彼らはプロフェッショナルだから。

FNNの人たちも確かにプロだ。きめ細かく、迅速に仕事をしている。プロではあるが、人間らしさはない。人間の部分が欠如しているから、放送したらどうなるのか想像できない。寂しいな。あんなに良い仕事ぷりを見せられると、余計に悲しくなる。

サポートしていただいたお金を使って何かしら体験し、ここに書きたいと思います。