CX視点で眺めるカンヌライオンズ
はじめに:傍観者だと思ったら当事者だった
「今年のカンヌライオンズは面白かったな」現地に行ったわけでもない私がそう思ったのは「カンヌを眺める自分の変化」が感じられたからです。クリエーティブエージェンシーからデータ/CXの会社にエイっと飛び込み早1年半。「話題化より習慣化」「瞬発力より継続力」「アテンションよりリテンション」など、これまでとは少し違うアプローチでプランニングをしています。さらに今後は事業開発に携わる機会もありそう。そんな自分がカンヌを眺めてみたら、あら不思議。当初はクリエイティブや広告の世界を懐かしむような、半ば傍観者のつもりでいたのですが、色々調べていくうちに「今の自分と極めて近い」「実は当事者だったのでは」と思うようになったのです。
実はカンヌも変わっていた
今年で70周年を迎えたカンヌライオンズ。2011年からは名称から「広告」が外れ「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」(Cannes Lions International Festival of Creativity)に変更されました。それでもなお「クリエイティビティ」と聞いてもピンと来ない、自社・自分とは無関係な気がする。そんなSaaS企業、スタートアップ、マーケターは多いのではないでしょうか。しかし下記に示すようなカンヌの変化を知れば、少し違った印象を受けるはずです。
変化① 注目カテゴリー
カンヌには、世界中からさまざまな事例がエントリーされます。今年のエントリー数は合計26,992点で、昨年から6%増加しました。注目すべきはそのカテゴリー。フィルムやアウトドアなど伝統的なカテゴリーから、今年新設されたゲームまで、下図のように多種多様なカテゴリーがあります。
ここでは、今年特にエントリー数が増えたカテゴリーを見ていきましょう。まずは設立3年目のCreative Business Transformation部門が前年比59%増。ついでCreative Strategy部門(35%増)、Creative Commerce部門(25%増)が大きくエントリー数を伸ばしています。このような変化を受け、カンヌライオンズを運営する企業のCEOのサイモン・クック氏は次のように語っています。
今年のCreative Strategy部門、そしてCreative Business Transformation部門は社会課題を解決する新事業開発(とも言える取り組み)がグランプリを獲得しています。例えばルノーはEV普及とそれに伴う充電スタンド不足を解消する取り組みを実施しました。(Renault-Plug-Inn)また、マイクロソフトは、これまでアルファベット表記されなかったフラニ族の母国語をアルファベット化・デジタル化し、全世界のフラニ族に普及させています。(ADLaM an Alphabet to Preserve a Culture)カンヌには広告だけでなく、事業開発事例も集まるようになっているのです。
変化② スポンサー
その他のビジネスカンファレンスと同様、カンヌもスポンサー制度があります。スポンサーはランクに応じて、会場でのブース設置やセミナーなどを実施します。今年のカンヌライオンズの最上位スポンサーはAmazon、LinkedIn、Microsoft、Spotify。いずれもテクノロジーやデータを中心とした企業であり、Spotifyを除く3社はto Bの事業も展開する企業です。例えばAmazonが実施したセミナータイトルはこちらから見られます。「ブランドが独創的なアプローチで潜在顧客を引き付け、コンバージョンと顧客維持を促すには」などぜひ聞きたかった!と思われされるセミナーがありました。
また、その他スポンサーとして注目すべきはカンヌライオンズ日本事務局も務める日経新聞。日経クロストレンドではカンヌの特集記事も組まれています。また、日経新聞は同じくカンヌのスポンサーであるbraze(カスタマーエンゲージメント プラットフォーム)と共に共催セミナーも実施していました。
変化③ 参加者
かつては広告会社のクリエイティブ部門と制作会社が中心だった参加者も、今や大きく様変わりしているようです。クライアントサイドからの参加者も増えているとのこと。特に日本以外の国ではその傾向が強いと聞きます。
前途の日経クロストレンドの特集内でも、キリンのマーケ部長によるこんな提言がされていました。
以上、カンヌの変化を「カテゴリー」「スポンサー」「参加者」で見てきました。カンヌがクリエイターが集う「面白広告オリンピック」だったのは遥か昔。今やカンヌはクリエイティビティを中心としたビジネスカンファレンスのような様相を見せています。
さて、ここからは、私が気になったCX視点/事業開発視点での注目作品を紹介します。
事例①そのレビューは、いつ投稿されたのか?
大量消費は環境に悪影響を及ぼします。そのため現代の顧客にとって「商品の耐久性」は重要な購入決定要因となっています。フランスの家電小売ブランドDARTYは、自社で扱う商品の耐久性やアフターサービスについて顧客にアピールしたいと考えました。
そこで着目したのはカスタマーレビュー。DARTYに寄せられるカスタマーレビューの77%は、商品購入後1週間以内に書かれており、その大半がポジティブでした。しかしこれでは「耐久性」に関する評価とは言えません。そこでDAYRYは「購入後18ヶ月以上経過した商品についてのレビュー投稿」を呼びかけました。集まったレビューは店頭やECで掲載。さらにレビュー情報をメーカー側にも提供することで、商品の改善やマーケティングに活用しているそうです。
ポイント
「新規顧客獲得のためには既存顧客のレビューが大事」「できるだけ多くのレビューを集めたい」という話はよく聞きます。しかしそれが「いつ投稿されたレビューなのか」というレビュー投稿のタイミングは盲点でした。本事例のように、購入後ある程度期間が経っているレビューの方がユーザーにとって価値あるケースはあるはずです。逆に、利用直後の新鮮なリアクションが大切というケースもあるでしょう。一回ではなく複数のタイミングでレビューを集めることが価値になるかもしれません。自社のプロダクトやサービスにとって「いつ書かれたレビューに価値があるか」を考えてみてはいかがでしょうか。
事例②ユーザー自ら接触したくなる広告とは?
Samsungの新型スマートフォンGalaxy Z Flip4。さまざまな機能を備えたスマートフォンについて、多くの人に検索してもらう、理解を深めてもらうにはどうしたら良いでしょう。Samsungは「アドテクを活用した宝探し体験」を提供しました。詳細は、こちらのページの1本目の動画がわかりやすいので、以下の説明と合わせてご覧ください。
ユーザーが特定の単語を入れてSamsungのGalaxy Z Flip4についてGoogle検索すると(Flip 4はどれくらいコンパクトなの?)リスティング広告が表示されます。LPではGalaxy Z Flip4の動画広告が流れ、最後に次の検索ワードのヒントが表示されます。上記のミッションを3回繰り返し達成すると、特殊な動画広告にターゲティングされGalaxy Z Flip4を手に入れられます。10日間、毎日最初にミッションをクリアしたユーザーに携帯電話が贈られます。検索ボリュームは33%増、業界平均エンゲージメント600%増、売上34%増などの結果が出たそうです。
ポイント
さまざまな条件でセグメントした「ターゲット配信」やMAによる「シナリオ設計」をする企業が増えています。しかし、ともするとこれらの施策は事業者の利益優先となり、顧客からは「しつこい」「気持ち悪い」と思われる体験になってしまいます。しかしSamsungは、ユーザーが広告に接触したくなるような仕掛けを作ったわけです。あえてユーザーがハマりたくなるシナリオを設計するとしたら?ユーザー自らターゲティングされたくなるような体験を作るとしたら?と発想すると、これまでと違ったマーケティングやコミュニケーションが生まれるかもしれません。
事例③データによって人の価値を最大化するには?
ロシアによるウクライナ侵攻後、約1000万人の避難者がポーランド国境を越えました。多くのウクライナ人がポーランドの主要都市に避難先を求めたため、主要都市の家賃は高騰し、雇用競争の激化を引き起こしたそうです。これに対処するためには、あまり知られていない小都市にも定住の地としての可能性があることを示す必要があります。そこでマスターカードはデジタルプラットフォーム「Where To Settle(どこに移住すべき?)」を開発しました。
これは避難者に求人や賃貸アパートの情報を提供するサービスです。簡単なフォームに希望する雇用形態や家族の人数などの情報を記入すると、新しい生活を始めるのに相応しいエリアを知ることができるのです。実際のサイトで私も試してみましたが、とてもわかりやすく、提案される内容も具体的でした。
このシステムで活用されているのが、マスターカードに蓄積された支出に関するデータとポーランド中央統計局のデータベース。全国各地の平均的な生活費、給与、住居、経済的な機会などを分析し、最適な情報を提供します。さらにポーランド政府や地方自治体とも提携することで、各地域の地元住民が地域の見どころをアピールするコンテンツも発信しました。
このサービスを通じてウクライナ難民1,000万人のうち約20%にあたる約30万人がこのプラットフォームにより定住先を見つけました。さらにポーランド人の57%、ウクライナ人の80%が、プラットフォームとの接触後に同社サービスの利用意向を表明したことを公表しているとのことです。
ポイント
コロナ禍においてマスターカードの指針となったのは「アジリティ」「共感」「パーパス」だそうですが、それらに「データ」が加わったこそできたのがWhere To Settleだと言えるでしょう。自社の利益のためにユーザーデータの取得を目指す企業はいくらでもあります。しかし、そうして集めたデータを人々や社会に還元している企業はどれほどあるでしょうか。データで社会をより良くする「DATA for GOOD」の視点は、私も今後さらに強く意識していきたいと思っています。
最後に:カンヌを真似る
カンヌについては、すでにたくさんの企業や方々が発信されていますが、その中で特にハッとしたのは知財図鑑の記事でした。少し長いですが素晴らしい視点だったので、引用させていただきます。
さらに私から付け加えるとしたら。クリエイターの中には「もう同じことをしても評価されない」「また新たなアプローチを考えなくては」と思う人もいるだろう、ということです。「パクリは恥」とも言える思考回路は、ある意味「クリエイター魂」とも言える部分で、個人的には大好きですしリスペクトしかありません。
一方、知財図鑑が指摘するにようにカンヌを「アイデア見本市」と捉え直すとしたら。その見本から学び、自社の事業やマーケティング・コミュニケーションに取り入れても良いわけです。今回取り上げた事例をまとめる中でも、真似したくなるポイントがいくつも見つかりました。今後、試していきたいと思っています。
最後まで、お読みいただきありがとうございました!
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