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ブリーフに関するドキュメンタリー映画を見て考えたこと

はじめに

先月、とても素敵なイベントに参加することができました。「クリエイティブ・ブリーフとは?」という問いに対してさまざまな分野のクリエイターが語る、ドキュメンタリー映画の上映会です。

上映会後は、対談や参加者同士の交流もあり、とても楽しい夜でした。私はクリエイティブ・エージェンシーのプランナーとして数えきれないほどのブリーフを書いてきましたが「ブリーフそもそもの役割や存在意義」について語る機会はそれほど多くなかったからです。

さて、映画の内容に入る前に、ブリーフの定義について簡単に触れておきましょう。


クリエイティブ・ブリーフとは?

「ブリーフ」を辞書でひくと「短い」「簡潔な」という意味が出てきます。ちなみに男性用のぴったりした下着も「短い」から「ブリーフ」と呼ばれますよね。

LONGMAN

そんなブリーフとクリエイティブを組み合わせた「クリエイティブ・ブリーフ」は、広告やマーケティング、コミュニケーションプランニングの領域において、よく使われる言葉です。

たとえば「広告キャンペーンの戦略を要約したもの」「広告の設計図」などのように説明されます。


ブランド戦略通信

以上、ブリーフの定義をザッとご紹介しました。ここからが本題。今回のイベントで上映された映画の中から、私が特に印象的だった発言を抜き出してみます。(映画は以下よりご覧いただけます)


①インスピレーション

クリエイティブ・ブリーフの最も重要な役割は、
問題解決を任された人のインスピレーションになることです。

John C Jay

世界的なクリエイティブ・ディレクターであり、UNIQLOのグローバルクリエイティブ統括でも知られる、John C Jayの言葉です。今回のイベント告知ビジュアルにも使われていました。ブリーフの存在意義がJohnの言葉に集約されていると思います。

ちなみに一つ前のnoteで私は「創造的戦略」を「確からしさと面白さ」という視点で紐解いたのですが、これはクリエイティブ・ブリーフのことを念頭に書いています。


また、今から遡ること23年。プランニングを広めた名著の中にも、ブリーフはインピレーショナルであるべき、とされるエピソードがありました。

ロンドンでトップクラスの代理店に所属する、あるクリエイティブ・ディレクターの話です。

私はいつも、大きな紙に商品写真を貼り、
その上か下にプロポジションから抜き出した一文を
書き込んでヘッドラインにする。

それからその紙をデスク上に広げて自分に問いかける。
まずは、その文と商品を並べたところで意味が通っているだろうか。
次に、情緒面で何か面白さはあるだろうか。
答えがイエスなら、こう考える。

キャンペーンの最初の広告はできたぞ。
さあボクはもっといいものを考えよう。

アカウント・プランニングが広告を変える

プロポジションとは、商品の価値を規定する言葉で、ブリーフの心臓とも言える重要な部分です。そのプロポジションを、商品写真と組み合わせるところから思考を始める。このクリエイティブ・ディレクターは、そう言っています。つまり、ブリーフはクリエイティブ・チームをインスパイアする最初の広告でもあるのです。


②鋭さと簡潔さ

そんなインスピレーショナルなブリーフには、なにが必要でしょうか。「簡潔かつ鋭い視点があるべきだ」と、Johnは話します。

シンプルさがすべて。
課題に対する簡潔で鋭い視点が、良い仕事を生むのです。

John C Jay

さらに、絵本作家のMariaやプロダクトデザイナーのYvesも、フォーカスの重要性を語ります。

限られた少ないページ数の中で、
伝えなければならないことを明確にしなくてはいけません。

Maria Kalman

短いブリーフこそ、良いブリーフ。

Yves Béhar

このような指摘が相次ぐのは「ブリーフ(簡潔)と呼ばれているのに、複雑なブリーフが多すぎる」という皮肉な現実があります。

私自身も、たくさんの情報を集め、考えれば考えるほど、複雑なブリーフになってしまうことがありました。

そんなとき、いつも頭をよぎるのは、小説家・劇作家である井上ひさしさんの名言「むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく、おもしろいことをまじめに、まじめなことをゆかいに、そしてゆかいなことはあくまでゆかいに」です。目指すべきブリーフは、まさにこれ。やさしく、ふかく、おもしろいものです。

それでは、私が知るブリーフの中で、特に鋭く簡潔なものを紹介します。

ON < IN

以上、これだけ。前職TBWAのロサンゼルスオフィスが手がけたスポーツ飲料「ゲータレード」のキャンペーン開発時のブリーフです。

ブリーフに込められた意図は、最終的なアウトプットであるマニフェスト(ブランドのメッセージを伝える宣言文)を読むのが早いでしょう。

欲しいものは、たくさんある。
より速く走り、より高く跳ぶためのシューズが欲しい。
テレビで観たあのものすごく軽いシューズだ。

新しいバットが欲しい。グローブが欲しい。ユニフォームが欲しい。
ヘッドバンドも欲しい。
それからその下に着る速乾性能のある下着も欲しい。
クールでいるためにね

でも、いつからだろう。
身につけるものばかり欲しがるようになったのは。

アスリートにとって最も大事な道具はカラダ。
そのカラダが、文字通り、喉から手が出るほど欲しがるものは
一体、どうしたんだ? それは運動に備え、燃料となり、
そしてカラダをつくりかえるものだというのに。

どうして私たちは、それらを欲しがらないのだろう。
それが、何よりも欠かせないものだというのに。

いまこそ欲しよう。自分が、そのカラダが、本当に欲するものたちを。

WIN FROM WITHIN
勝利は、内側からやってくる。


いかがでしょうか。スポーツのパフォーマンスをあげようと思うと、シューズやウェアなど、身につけるもの(ON)に目が向きがち。実際、多くのスポーツブランドが、アスリートを起用してメッセージを発信していますよね。しかし、ゲータレードは考えました。アスリートにとって、最も大事な道具はカラダである。そのカラダが欲するもの(IN)に目を向けるべきなのでは、と。

実はこの時、ゲータレードはブランドのポジショニングを見失いつつありました。かつての「水分補給の科学」ブランドからライフスタイルブランドへとポジションを移行した結果、ブランドの優位性が弱まっていたのです。ゲータレードに対する人々のパーセプションは「喉の渇きを癒す」にとどまり、低価格の飲料にシェアを奪われていました。

そこでゲータレードは改めて「アスリートのために作られた飲料」というポジションを明確にする必要があり、そのためのブリーフがON < INだったわけです。ゲータレードは、低価格のドリンク市場で戦うのではなく、スポーツブランド市場に自らを位置付けました。さらに、その市場において、NIKEやadidasなどの競合にはないゲータレードの独自性(カラダの中からアスリートを支える)を見出したのです。

ON < IN。たったこれだけのブリーフの中に、ビジネス課題や人々のパーセプションチェンジを起こすためのエッセンスが凝縮されている。鋭さと簡潔さを兼ね備えたブリーフの価値を実感できますね。


③余白

「鋭さと簡潔さを持ったブリーフ」と聞くと、針の穴を通すような印象を受ける人もいるのでは。確かに、重要な点にフォーカスする、という意味では正しい。しかし優れたブリーフには、アウトプットの自由度が確保されていることを忘れてはいけません。

建築家のDavid、そしてJohnは次のように語ります。

ブリーフは、手錠のように縛るものでも、
線路のように従わせるものではない。

David Rockwell

ブリーフには余白が必要。
飛行機の離陸のために、長い滑走路が必要なのと同じです。

John C Jay

ブリーフは「コミュニケーションの設計図」と先ほどご紹介しました。が、上記の話を踏まえると、設計図は少し縛りが強い気がします。設計図はインスピレーションというよりも「このように作るべし」というインフォメーションの印象が強いからです。

大切なのは、自由度であり「余白」です。しかし、ブリーフを書く立場からすると「余白」のように、目に見えないものを考えるのは難しい。そこで私は、以前の上司から言われていた「そのブリーフで、3案考えられるのか」を「余白のリトマス試験紙」として意識します。

その上司、クリエイティブ・ブリーフ発祥の地から来日したイギリス人男性は、私に繰り返し、こう説きました。「プランナーズアイデア(クリエイティブチームが考えるアイデアよりも質が低いもの)でいいから、3案考えろ。それができないなら、そのブリーフは意味がないだろう」と。

1案しかアイデアが生まれないブリーフは、余白がない。狭すぎる。3案考えられるくらいのブリーフを書くんだ。彼が伝えたかったのは、まさに余白についてでした。

ちなみに、もし10案考えられるとしたら。それは「なんでもあり」の散漫なブリーフと言えるでしょう。

この上司と働くようになってから、私は確かめるようになりました。自分の書いたブリーフから、3案考えられるのか。CMのストーリーを字コンテで書いてみたり、写真とコピーを組み合わせてキービジュアルを作ってみたり。

時には、自分のアイデアをクリエイティブのメンバーに見せてみることもありました。勇気がいることですが、意外と話がそこから盛り上がることを経験し、徐々に自信をつけることができました。今振り返ってみても、この経験が「クリエイティブなプランナー」になるための、最高のレッスンだったと思います。


④スターティングポイント

映画に出演する、もう1人のJohn(彼も広告のクリエイティブ・ディレクター)は、ブリーフが出発点であることを強調します。

ブリーフは、出発点として最高だね。
そこからどんどん変わっていくものだから変えちゃえばいいのさ。

John Boiler

新人プランナーの自分に教えてあげたい言葉です。なぜなら当時の私は、自分のブリーフがチームの議論によって書き換えられるたびに、不甲斐なさや悔しさを感じていたからです。

しかし、これは今考えると大きな誤解。上の言葉にある通り、ブリーフは出発点。だからこそ、変化・進化することが宿命なのです。

ある時から私は、自分の中でブリーフの方向性がある程度固まった段階で、クリエイティブのメンバーに声をかけるようになりました。「こんな感じでブリーフ作っているんだけど、どう思う?」と。まだ決まりきっていない、けれどこの方向性の可能性は確かめたい。そんな時にぴったりなのが、この声かけでした。

クリエイティブのメンバーから「このブリーフだとすると、たとえばこんなアイデアはどうだろう」「ということはインサイトは、こんな書き方もあるかも?」などの反応があれば、成功と言えます。考え込むのではなく、ポンポン意見を投げ合う。まるで即興演奏のように、プランニングとクリエイティブがセッションする。それがブリーフを育てていくことに繋がるのです。

念のため書いておくと、これはプランナーとしての職務をサボり、クリエイティブチームに丸投げしているわけではありません。素晴らしいセッションは、互いに高いスキルと豊かな経験を持ち合わせていることが前提となります。プランナーが深く思考して臨むからこそ、クリエイティブとの良いセッションが生まれるのです。

余談ですが、このセッション、会議室では起こりません。私はいつも、スモーキングエリアやカフェスペースなど、リラックスできるオープンな環境を選んでいました。歩きながら、移動しながら、なんていうのも効果的です。

当時私が所属していたプランニングチームのリーダー(アメリカ人女性)は「あなたたちはアカウントチームと話しすぎる」「もっとクリエイティブチームと話しさない」と常々言っていました。これも、クリエイティブなプランナーになるために欠かせない言葉だったと、今改めて思います。


終わりに

イベント、そして映画をきっかけにブリーフについて考えてみました。これが、書き始めると止まらない。ブリーフのことなら、まだまだ語れる気がしますし、いろいろな人と話してみたいです。

同時にブリーフについて、さらに知りたいと思うようになりました。例えば…

  • 広告以外のクリエイティブ業界で、ブリーフはあるのだろうか?

  • あるとすれば、いつ誰がどのように使っているものなのか?その業界における優れたブリーフとは?

  • ブリーフを作る上で効果的なAIの使い方は?

この辺りの知見がある方とも、ぜひお話ししてみたいです。

それでは最後は、建築界の巨匠、Frank Gehryが映画で語る言葉で終わりにしたいと思います。ここまで読んでいただき、ありがとうございました!

クリエイティビティとは直感を信じること、そして好奇心を持つこと。

Frank Gehry

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