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創造的戦略は「確からしさ」と「面白さ」

はじめに

「どうしたらクリエイティブな戦略が考えられるようになるんですか?」先日、前職の同僚から聞かれました。その1ヶ月前には「あなたみたいにクリエイティブをインスパイアできる戦略を書ける人を探している。誰か思い当たる人いない?」とクリエイティブ業界でリクルーターをしている先輩からメッセージを受け取りました。(ちなみにここで言う「戦略」は、主にコミュニケーション戦略を指しており、以下すべての文章も同様です)

私は新卒でクリエイティブエージェンシーに入社し、2年半の営業経験を経て、その後15年間ストラテジックプランナー(以下ストプラ)をしていました。良いクライアントさんや仲間に恵まれたこともあり、国内外のアワードで表彰される機会もいただきました。昨年よりエイッと異業種へ飛び込んでいますが、その話はまた今度。異業種へ転職をした私に対して、上記のような話が来るのはなぜなのでしょう。声をかけてくれた人たちに聞いてみると、大きな広告会社やクリエイティブエージェンシーにおいても「創造的な戦略」を考えられるプランナーがあまり多くない、たくさんの情報を整理することが戦略だと思っている人もいる、ということでした。

同じような話はエージェンシー在籍時も耳にしたことはありましたので、どうせならその時に言語化しておけば良かったのかもしれません。が、異業種に転職し、エージェンシーから少し距離ができた今だからこそ、落ち着いて考えられそうな気もしています。クリエイティブな戦略とは、一体何なのでしょうか?


ストプラが一番言われたくない言葉。

ストプラとして、一番言われたくない言葉はなんだと思いますか。例えば、自分が考えた戦略を社内のクリエイティブディレクターに見せたとき。クライアントにプレゼンしたとき。なんと言われるのが一番ショックを受けるでしょうか。

人それぞれ色々あると思いますが、私は

君の言っていることはすべて正しいけど、面白くない。

「広告」2013年05号

ですね。これは博報堂が出版する雑誌「広告」で使われていた特集コピー。こう言われるのが一番ショックです。というか、実際同じようなことは何度も言われてきました。いや、もっと正直に言うと「すべて正しいけど」すらなかったように思います。ただただ「面白くない」。ちなみにこの特集は、以下のような文章で紹介されています。

おい すべて正しいけど面白くないぞ! データ分析、CPC、CPA、CTR、CVR、調査、戦略、マーケティング、過去、常識、論理、整合性、MECE、会議、報告→連絡→相談、PDCA、自己啓発、成功体験、一般論、平均点、調和、合意、最適化、秩序、伝統、風紀、ルール、上下関係、年功序列、受験、権威、手本、型、通信簿、前例、締め切り、言語、記憶、視聴率、大企業、学級委員、地方から見た東京への憧れ、東京から見た地方への憧れ、血液型占い、学歴、多数決、スペック、ビジネスモデルの真似、ケーススタディ、選択と集中、世間体、イデオロギー、視聴率、シェアさせていただきます、企画書、テンプレ、成果報酬主義、「壁と卵」の「壁」、ランキング、この店ネットで評判らしいよっていうデートの誘い方、スキルアップ、若手向きキャリアデザイン研修、カフェ飯、とか、みんなの言うことは分かるけれども、本当に面白いって何だろう?とか、正しいと面白いって相関するの!? とか、そういうことを、完膚無きまで、語りつくす、今号。

「広告」2013年05号

この雑誌が発売されたのは2013年5月。「ビッグデータ」や「データサイエンティスト」という言葉が注目されていた頃です。それからちょうど10年が経ちました。データ利活用に対する注目は高まり続け、今年はAIが目覚ましい進化を遂げています。このような状況で予想されるのは、データやAIを活用した「正しい」戦略への傾倒でしょう。「面白い」戦略は、もはや絶滅するしかないのでしょうか?


実行なき戦略は幻覚だ。

その問いに答える前に、まず(ちょっと大袈裟ですが)戦略の宿命について確認しておきましょう。戦略とは、実行されて初めて価値が測れるものです。実行されない戦略は、その良し悪しを判断することができません。Forbesの記事ではMBAの戦略クラスとCEOの実生活を比較しながら、以下のように戦略実行の大切さが説かれています。

多くのMBAプログラムの戦略クラスの95%は、戦略策定のプロセスに焦点を当て、実行はほとんど無視されています。200人以上のCEOにインタビューした結果、大多数のCEOにとって、実生活はほぼ正反対であったという結論に達しました。大多数のCEOでさえ、5%か10%程度の時間を戦略策定に費やし、90%以上の時間を実行に費やしていたのです。CGI(7万人規模のIT企業)のマイク・ローチCEOは、私のMBAのCEOインサイトのクラスで、「実行なき戦略は幻覚だ!」と語っています。

Forbes

言うまでもなくどんな戦略も、その場の状況に応じて見直されるものです。絶対的な戦略はありません。しかし、だからこそ実行なき戦略は無意味です。「机上の空論」「計画倒れ」は避けなくてはいけません。

では、戦略が実行されるため何が必要なのでしょうか?ここで冒頭の「面白さ」の話に戻ってきます。


「確からしさ」と「面白さ」

戦略が実行されるために必要なのは「確からしさと面白さ」です。このどちらが欠けても、戦略は実行されません。特に、企業のマーケティング・コミュニケーション開発のように、多くの人が関わるプロジェクトにおいては「確からしさと面白さ」が不可欠です。そして、これらを兼ね備えた戦略こそが、クリエイティブな戦略、創造的戦略だと私は考えます。

このような思考になったのは、私の新米ストプラ時代の経験、悪戦苦闘の日々が影響しています。

「確からしさ」がないと、人は動いてくれない。
人は誰でも、不確かなものに自分の時間や労力を割きたくないと思っています。それは私が書いた戦略を最初に見る社内のメンバーも、その先にいるクライアントも、そして世の中の人たちも同じです。

私が新米ストプラ時代に上司や先輩からよく言われた言葉に「それって本当?」「あなただけじゃない?」があります。すごいこと思いついちゃったぞ…この視点は新しいだろう…と自分の中ではインサイトフルでユニークな戦略を書いたつもりなのですが、そこに説得力や納得感が不足していたのです。独りよがりの「思い込み」では社内メンバーは動いてくれません。ましてクライアントさんが予算を使うことはありえません。もちろん絶対的・普遍的な戦略はありませんが、周囲の人たちを動かすための「確からしさ」が求められます。

「面白さ」がないと、人は動いてくれない。
では、確からしさがあれば十分かというと、それだけで人に動いてもらうことはできません。特に私の周囲には「面白いこと」「新しいこと」「クリエイティブなこと」をしたい人ばかりでしたので、なおさらです。

再び私の新米プランナーストプラ時代に戻ります。戦略を見せた先輩・同僚から「面白みにかける」「割と普通だね」「もう一回考えてみよう」と言われることは日常茶飯事でした。戦略を書いた紙をその場で破られたり…ということはありませんでしたが、ミーティングが終わった後にデスクに残された戦略シートを回収するときは「今日も持って帰ってもらえなかった…」と不甲斐なさを感じました。また、私が頭を悩ませたのが「整理してくれてありがとう。で?だからなに?」という反応でした。たくさんの情報を収集・分類し、論点を明確にして意気揚々と話したのに「だからなに?(So what?)」と言われると、私の頭も?が浮かび思考停止したことを覚えています。振り返ってみると、当時の私は「整理整頓」で精一杯だったのです。

ここまでの話を、1枚のチャートでまとめてみます。コミュニケーション戦略は「確からしさと面白さ」の2軸によって、以下の4種類に分類できます。

左下は、つまらなくて疑わしい「無駄話」。ここはあえて言及する必要はないでしょう。左上の「整理整頓」と右下の「思い込み」は、前途の通り私が新米プランナー時代に陥ったエリアです。

そして理想とするのが右上の「創造的戦略」です。創造的戦略は、その「確からしさと面白さ」によって周囲の人を「実行しよう!形にしよう!」という気持ちにさせるものです。例えばそれは、私が社内で戦略を話している最中に、社内のコピーライターがキャッチコピーを考え始める。アートディレクターがビジュアルをイメージし始める。クリエイティブディレクターが、提案の方向性を最低一つ思いつく。それが、創造的戦略がもたらす理想の状態だと考えます。あるいはクライアントの担当者さんに向けて戦略を話す場であれば、この戦略で社内の承認を取り付けたいと思える。そのために今後さらに強化したいパーツが見えてくる。プロジェクトに関わるすべての人の拠り所であり推進力となる、それが創造的戦略なのです。


右脳・左脳の反復横跳び。

私は「コミュニケーション戦略の4章限」チャートを、現在地を確認する地図として使っています。と言うのも、戦略立案を始めた直後に目的地である「創造的戦略」に辿り着くことは極めて稀で、その過程には「思い込み」や「情報整理」を経由しているからです。

例えば目標や課題が明確なプロジェクトであれば、あえて「思い込み」から始めてみることがあります。MacやiPhoneを閉じて、自分の知識や過去の経験を総動員して、思うがままに戦略を描いてみるのです。その後、ある程度、出し尽くしたと感じた時点で「確からしさ」を検証してみるのです。するとロジックやつながりの弱い点や、追加で情報が欲しいところが見えてきます。それらの客観性を強化・補完しながら創造的戦略を目指します。

これとは逆に、目的や課題が曖昧な状態、いわゆる「とっ散らかった」プロジェクトであれば「情報整理」から始めます。クライアントさんのオリエンテーションを読み解き、必要であれば追加で情報を収集し、目的や課題の整理をしていくのです。整理をした時点で、一度クライアントさんと確認・ディスカッションの場を持つこともあります。このように「地ならし」を済ませたのち、自分の感覚(主観性)を大切にしながら面白さを模索し、創造的戦略に近づけていきます。

「思い込み」と「情報整理」のどちらから始めるかはプロジェクトの状態によりますし、正解はありません。が、目的地は「創造的戦略」と決まっています。その道のりはまるで、右脳と左脳の間を高速で反復横跳びしているような感覚です。確からしさを強化しながら、面白さを探索する。面白さを探しながら、確からしさを忘れない。


サマリー

  • 戦略は、実行されなければ無意味です。

  • しかし実行されない戦略・人が動いてくれない戦略が多いのが現状です。

  • 実行のために必要なのは「確からしさと面白さ」。

  • この二つを兼ね備えたものが創造的戦略です。

  • 右脳と左脳の反復横跳びをしながら目指します。


ここまでお読みいただきありがとうございました。創造的戦略を定義することで力尽きました。次回は「どうしたらクリエイティブな戦略が考えられるようになるんですか?」という元同僚の質問に対して、もう少し具体的に考えてみたいと思います。


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