桃太郎は親指ひとつで爆撃して鬼ヶ島を陥落したわけではない
関わりたくない連中がいる。
他人の落ち度や失敗に対して「懲らしめる」という考えを持っているひとだ。
この人々は敵になると恐ろしいし、味方であってもまぁキツイ。
心から苦しいと感じるのだけれど、嫌悪の業火がすさまじいのは自分の中にも、その火種があるからかなぁと最近感じる。
嫌だと思うこと、嫌いなこと、なりたくないものは、すなわち「恐れていること」とも言える。それらから「怖い、遠ざかりたい」と思うのは、少なからず自らにその要素が含まれているからじゃないだろうか。
どうやら毒というものは共振性を持っているらしく、その毒素に触れると自分の中の黒いものが膨れ上がってしまいそうになる。
そもそも「懲らしめ」は手間のかかるものだった。
57年前にジョン・レノンが「俺らビートルズはキリストより人気があるねんで」と言って、たくさんの懲らしめにあった。
アメリカでは楽曲自体が放送禁止になり、世界中でレコードが燃やされ、踏まれまくった。ライブイベントはメンバーが身の危険を感じて中止になった。「炎上」という意味では世界初だろう。
ビートルズ排斥運動者たちの過激さはほぼ暴動レベルで、バンドの活動を止めるため仕事を休んだり、犯罪にまで手を染めていた。
彼らはビートルズを殺すために命を賭けていたのはどうかと思うが当の本人は本気なのだから笑えない。
街頭ビラや演説、学生運動、デモ行進、ストライキ、西成の暴動などの「懲らしめ」もずいぶんと心身のカロリーを使いそうだ。
僕が西成で飲んでいたとき「ワシも暴動に参加したんや」と威張る男と話したことがある。機動隊のジュラルミン盾攻撃でぺしゃんこにされたし、戦死した仲間もいたらしい。
僕が「なんで暴動起きたん?」と聞くと「よくわからん。ただ暴れたかったから暴れていた。みんなが暴れていたからワシも暴れた」とルーキーズのような回答をもらえた。命を賭けることが趣味だったのだろう。
令和の時代、SNSの副産物で「懲らしめ」のシステムはますます簡略化されている。
SNSはショートパスを雑誌やテレビなど、大きなメディアに向かって出しまくる。「さぁこいつを懲らしめろ」と言わんばかりに次から次へとキラーパスを足元に送ってくる。
メディアのコメンテーターは目の前にボールが来たら打たざるを得ないストライカーのようにも見える。そして一人、また一人と「懲らしめ」のスパイラルに巻き込まれる。
集団心理として景気が悪くなったり、情勢が悪くなると、ヒトは何かを「懲らしめる」そうなので、オリンピックやコロナのムカつきは無関係ではないと思う。
加えて手のひらサイズのテクノロジーの結晶のおかげで懲らしめが手軽化した。
インターネットが発達したことで「懲らしめる」ことはイージーになり、今年もたくさんのひとが『わるいことをした有名人』を懲らしめた。
家にいようがカフェにいようが、親指ひとつで爆撃できるようになった。
目の前に行かなくても、身体を駆り出さなくても、自分の正義に反した者を裁けるパラダイスがやってきた。技がなくても安全に懲らしめられるのは、相当な万能感があるし、正義感も満たされるのだろう。
僕たちは桃太郎やサルカニ合戦などの勧善懲悪の物語を通して、「悪を懲らしめること」のカッコよさを刷り込まれてきた。
しかし彼らのカッコよさは「身を賭して、悪を懲らしめたところ」にある。一定のリスクを背負い、コストを払って「懲らしめ」るから楽しめる。
令和現在の「懲らしめ」は美味しいところだけ味わっているように見える。醍醐味だけじゃ本質に触ることはできない。桃太郎は親指ひとつで爆撃して鬼ヶ島を陥落したわけではないのに、今や日本中の鬼ヶ島が親指ひとつで被曝している。
しかしそもそもなにかを「懲らしめる」ってそんなに必要なのだろうか。分からないけど疲れてしまった。「別にそのまま悪なままでも良くない?」と言いたくもなる。
幼い頃から洗脳された美意識に抗うのは楽ではないけど、手放せるものなら手放したい。自分がやるのもやられるのも、手放せるなら手放したい。
「懲らしめなくても、相当量の罰は下るのだからほっとけばいい」と言えばそれまでだけど、たぶん誰かが「懲らしめ」ないといけないのだろう。
飛び込んできたニュースの中の悪人を憎たらしく思うのは僕だって同じだ。これは「この発言を見過ごすわけにいかない!」という心根と変わらない。まったく美しくない話ではあるし、救いもないのだけど。
関係ないが舞台挨拶で関西に来ている。ぶらりと入った飲み屋で死ぬほど仲良くなったおっさんがいたが「もう会う事ないもんな!」で別れた。そりゃそうなのだが、こういうところが大阪であるし、「また飲みましょう!」とか心にもないことを言われるよりもよほど記憶に残ると思った。
それにしても自分の中に「もう会う事ない」だったひとが何人もいるなぁと感じる。彼も彼もまた彼もあのときから会っていない。
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