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代官山!青山!原宿!表参道!と言ったエリアは呼吸しているだけで、もうたまらなくなる。何の用事もないのに誰かに電話して、「今さー!表参道いるんだけど、どこいるよー!?」などと空中に絶叫したくなる。

代官山!青山!原宿!表参道!と言ったエリアは呼吸しているだけで、もうたまらなくなる。何の用事もないのに誰かに電話して、「今さー!表参道いるんだけど、どこいるよー!?」などと空中に絶叫したくなる。

昨日、打ち合わせで南青山にある大きな芸能の会社に行った。

原宿や表参道を歩いていると、自分までオシャレになった気になってくる。

もちろんそんなことはないし、勘違いだし、本当にそう思っているなら病院に行った方がいい。

僕は黒Tシャツ以外の服を持っていないのだが、むしろそれ自体が逆にこだわってそうで、オシャレなんじゃないかというか勘違いを起こしてしまいそうになる。

国内トップクラスのオシャレたちと共に灼熱のコンクリートを踏み荒らしているだけで、「嗚呼、俺は東京にいる。しかもオシャレにな」といった狂った肌触りを感じる。この勘違いに溺れたまま死ねたらどんなに幸福かと思う。

そもそも僕は青山らへんのエリアに異様に強い憧れがある。

「青山で髪を切ってみたいから」という理由で、大阪から東京にライブに来たときに無理やり時間を作って、ヘアカットしたこともある。

5000円やら6000円みたいな天文学的な金額だったことを覚えている。住んでいた街で切れば1000円だ。
仕上がりが良かったか悪かったかは覚えていない。美容師のひとの顔がとにかくカッコ良かったことしか覚えていない。

東京弁でペラペラ喋りながら髪を切るお兄さんがクールすぎて、僕は関西弁をなるべく封印して会話していた。「どこ住んでるんすか?」「恵比寿とかかな」と言った意味不明な偽証もしていた。何が「とかかな」なのか教えてほしい。

青山の美容室は受付のひともお客さんもみんな輝いていた。店内もキラキラでBGMも聴いたことのないジャンルの洋楽だった。

僕の住んでいた街の床屋の店主はほとんど死んでるんじゃないかと思うぐらい喋れなかったし、客も眠いのか知らないがみんな気絶していたし、BGMはブッ壊れたブラウン管から放たれる吉本新喜劇だった。すべてがダサかった。

青山らへんに憧れ続けてもう10年以上が経つ。

新宿や渋谷は大阪に住んでいてた頃からよく来ていたし、結局ターミナル駅である感じが強い。

それに比べて、代官山!青山!原宿!表参道!と言ったエリアは呼吸しているだけで、もうたまらなくなる。何の用事もないのに誰かに電話して、「今さー!表参道いるんだけど、どこいるよー!?」などと空中に絶叫したくなる。

正直、どこが青山でどこらへんまでが表参道なのかは分かっていない。

表参道駅と書いているのに、「ナントカカントカ南青山店」などと店名が刻まれていることがザラだけが、これは気にしないようにしている。

頭がおかしいんじゃないかと思うほど、店もデカイ。
カフェなどに至っては、僕みたいなのが入るだけでガードマンに羽交い締めにされる気しかしない。自分でも捕まえといた方がいいようにも思う。

しかし僕は最近わりとnoteや映画の関係でたまにここらへんに来る。月に一度は来ているかと思う。

この「青山とからへんに行く日」の予定が立つと異様に興奮する。前日ぐらいから心拍が爆増してしまう。「あしたは青山とからへんに行くんだ!」と遠足の前日のような心持ちだ。

「そんな好きなら近くに住みゃいいじゃん」と思われそうなのだが、住むのも違うのだ。仕事だの何だのの用事で訪れることでしか「東京のひと」というステータスが湧き上がらない。

あくまで僕の思う「東京のひと」でしかないのだが、こういった「それっぽさ」というのは人生をやる上で諸々のモチベーションになる。

「コント、東京のひと」と言ってから青山に出かけて打ち合わせの一発でもやると、どこに住んでようが東京に住んでいることになる。

何かやるときは「コント、○○」と心で唱えてからやってみるとスルリと成りきれないだろうか。

こちら7/1にトークイベント。
「コント、映画原作者」の仕事ですね。


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