続けられない!

音楽なんて続けようと思っても続けられない稼業である。

自分一人が気張っていても、メンバーが足らなくなったりするし、天文学的な金が必要になったり、親がイカレたり、女をどうにかしないといけなかったり、と辞める理由はいくらでもある。

ブレーキになる要因が、次々と絡み合ってこぼれていく。

なぜか音楽家のもとへは「無理難題!」ぐらいの不幸が襲いかかる。好き勝手やって生きてきたツケだろうか。

それを差し引いても、常に引退と隣り合わせなのである。

自分の裁量が及ぶ要因もあれば、まったく関係無く、続けられなくなるシチュエーションも多々ある。

そうやって素晴らしいバンドやプレイヤーが、また一人、また一人と、姿を消していくのが日常茶飯事なのだ。

そんな中、「十年前からいるやつ」が揃うというのは軽い天変地異である。そんな日が先日、訪れた。まさしく「生き延びた!」という話だ。

僕のように一度引退し、死んだ人間を「生き延びた」に数えるのか「生き返った」に数えるのかは分からないが、少なくともまた現役として巡り会えた。

「人生かけてやってる!」と言ってた大勢の人々がフェードアウトしていった。

「また帰ってくるね!」と言っていても、そのまま音沙汰が無いケースがほとんどである。

じゃあ残っている人間が凄いのか?と言われるとそんなこともない。

「プレイヤーとして凄いから」とか「人脈があるから」とか「人気があるから」というのは、さして関係ないのである。

「いやいや、人気があれば続くでしょう」という声もありそうだが、そうでもない。

人気絶頂でもいきなり失踪するメンバーはいるし、いきなり解散もしたりする。

案外、「人気」というのは慣れてくると大した拘束力を持たないのではないだろうか。

そんなことよりも、さらに強力な磁力で、残る人間は残っている。言い換えれば、残りたくても残れないし、辞めたくても辞めれないのだ。

そりゃ本当に残ろうと思えば残れるだろうし、辞めようと思えば辞められる。

だけど、不思議な磁力が働いているうちは、自然の成り行きに身を任せている方が、生きている心地がいいのだ。

なんとなくみんな退いたり、残ったりする。そんなものである。

「とにかく強い意志を持って音楽業界に残っているひと」というのは、あまり見たことがない。

いるにはいるのだろうけど、そもそも「音楽を続ける」なんて大した価値は無い。

偉くもなんともない。ただただ磁力のもとに、引き寄せられた末路なのだ。

しかし、そんな磁力のもとに生き延びたミュージシャンたちはなんとも言えない味がある。

もう小手先のテクニックではなく、人間性そのものを叩きつけるようなプレイなのだ。

かっこよく言えば、磁力に引き寄せられたというのは「音楽に選ばれた」わけだ。何かしらの美点が無ければ呼ばれない。

もちろん距離の近いライブハウスならば、そのエネルギーは音に乗って、ダイレクトに心臓に突き刺さってくる。

先日、ダチにそれを叩きつけられてなんだか嬉しくなってしまった。

そして自分も図らずとも「その残り得た一員なのである」と身が引きしまる思いであった。

ここnoteを読んでくれている方も、一度ライブを見てくれる機会があればこれ幸いである。

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