音楽を辞める理由!
イチローさんのインタビューで印象深かったものがある。
Q.野球を嫌いになったことは??
A.「野球そのもの」という意味ではないですね。
というアンサーだった。
つまり「野球をとりまく野球以外のもの」を嫌いになったことはある。ということだ。
音楽を辞める、続けられなくなる、続けたくなくなる理由もそうだ。それらはいつも音楽以外にある。
14,5歳ぐらいから僕の音楽は始まり、多くの仲間たちと共に歩んできた。
基本的には「プロのミュージシャンを目指す」という憧れを抱く同志ばかりだった。
しかし今現在、あの頃の志望者のほとんどが現場には残っていない。それだけ多くの仲間と別れてきたとも言い換えられる。
振り返ると「音楽以外の理由」でみんな辞めていった。
金や女や年齢や絶望や体調や制限時間。
他にも無数にあるが、「音楽そのものに飽きたから辞めます」というひとは一人もいなかったのだ。
いつだって世の中はトレードオフだ。Aを満たせばBが欠ける。
ある意味音楽には、それだけの苦痛を伴うリスクがある。何かしら欠損するBが存在しがちだ。
では「どうしようもなかったのだろうか」と考えると、そうでもない。
もちろん詰んでいた状況もあるが、詰んでいなかった状況のひとの方が多かった。
きっと音楽がそのひとの人生にとって「そうまでしなくていい」というカテゴリに入ってしまったのだ。Bに耐え忍んでまで、満たしたいAではなくなったのだ。
何とかAを維持できる方法があっても、そのためにBが猛烈にキツイならば「そうまでして、Aを満たさなくていい」が勝ってしまった。珍しくもない話だ。
だけどそんなトレードオフを緩和する手段もある。「Aを満たすためにBを欠かさなくてもいいやり方」がある。
すべてにおいて「詰む前に手を打っとくこと」だ。
事前に手を打っとくと、局面でその一手が生きるときがある。と言うより、その事前に打っておいた一手を使った打ち方が出来たりもするのだ。
BだけでAを満たせなくとも、一時的にでもCやDのリソースの分配で耐えられるようにしておく、ということだ。
「音楽講師になる」という手段をとっている知り合いが多い。
しかしこれには卓越した技術、キャリア、生徒を確保する力がいる。また『講師』という仕事自体が20代では説得力に欠けるという弱点がある。
僕は未だに若いバンドにアドバイスを求められたら「なるべく早い段階で時給1500円以上のバイトを探せ」と伝えることが多い。これはもう5,6年前から唱えていた。
自分の音楽を一秒でも長く、この世に維持させたいなら重要なことだ。「自分の音楽が通用しなくても講師なんかの道もあるぜ」とはなかなか言えない。技術の無いミュージシャンならば詰んでしまう。
だから「時給のいいバイトを探せ」というのは、夢も希望もそこには無いが、それらは夢や希望を燃やすためのガソリンだと考えればいい。
正直、いいギターを買うとかよりも大切だ。
夢も希望も無くても、夢や希望を救うのは残酷な真実だったりする。
東京から戻らなくてはいけなくなったり、楽屋で対バンの金をパクってどっか行ったり、という話は身近でもよく聞いた。
自分の音楽を現実世界に鎮座させ続けるのに必要なことは、真実から目を背けない姿勢だ。
真実は残酷だが、食い入るように見れば活路があるようにできている。
もちろん目を背けなかった結果、辞めていくケースもある。というよりほとんどだが、それはそれで全然アリなのだ。
真実を放ったらかしにした無責任な人間なんかよりも、それはそれでロックなやつらだ。
続いていく方向に真実を見つめるには、それ相応の覚悟がいる。
なんだかんだ僕は続いてきた。金を貸したり、バックれられたり、事務所を辞めたり、解散したりしてもなんとか続いてきた。
「音楽的才能があったから」なんて理由ではない。辞めていったひとたちに、僕より才能があったミュージシャンはゴロゴロいた。
「音楽を辞める日」は音楽以外の理由で訪れるのだから、音楽力は続けていく支えにはならないのだろう。
見たくないものを凝視して、かじりたくないものに歯型を付けて、頭が割れそうなぐらい考え続けて、真実と本当のところに目を向けることで、僕の音楽は続いてきた。
思い返すと、それらは「音楽そのもの」以外のモノばかりだった。
それこそ「音楽を嫌いになったことはありますか?」と質問をぶつけられたら、僕だってイチローさんみたいに「音楽そのものを嫌いになったことはありません」と答えるだろう。
だが、とりまく全てが嫌になった夜は数え切れない。
こうなると、もう辞めるときは「音楽が好きじゃなくなった」という理由で辞めたい。
みんなが音楽以外の理由で辞めたからこそ、「音楽そのもの」が辞める理由であるのは、極上の贅沢だ。
今のところそんな様相は無い。
「俺が歌っている価値がある」と感じられる夜がある。今宵もだ。
飽きは来ずに、たんたんと毎夜訪れる。
あしたからも、そこを目がけて走っていく。
「音楽そのもの」にはそれほど強力な磁力があるのだ。
それは「音楽以外の理由」さえ満ち足りれば死ぬまで続くほどの磁力だ。
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