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ビールと青年と不思議な町


唐突だが、俺はビールが好きだ。

ビールが好きすぎて世界各国のビールを飲んで旅をしている。

この背負っているバックには今まで飲んだビールの空き瓶と未開封の瓶がごちゃ混ぜになっている。

だからだろう。

歩くたびに瓶と瓶がぶつかり合い甲高い音を立てる。

俺はこれを聴くのが好きだ。そしてそれと並行して俺の足も速くなる。

さて次行く所ではどんなビールと出会えるのだろうか。



通りすがりの人からとある噂を耳にした。

「幻のビール」

なんでも、その町で製造したビールはその町で全て飲み干すらしい。それはつまり…町の外には流通しないということだ。

だから「幻のビール」なのだということ。

そして、面白いことにその町に住む住人全員が家でビールを醸造しているとか。

…予定変更だ。

俺は次に行こうとしていた町を辞め来た道を戻る。

「住人全員がビールを造っていて、外にビールを流通させない?なんだよそれ!?素晴らしいじゃないか!」

気分が高鳴る。そして足は軽くなり、バックの瓶は激しく音を鳴らす。

かなり歩いたか…確かこの山を登れば町が見えると言っていたな。

「あと少しだ!頑張れ!念願の幻のビールはすぐそこだ!」

俺は身体中にエールを送り力を振り絞る。そしてついに…

「おお!やっと見えてきた!」

山頂に着き麓には畑や家を確認することが出来た。

多分あそこがお目当ての町なのだろう。

「周りの畑は麦か!?あの町が作っている麦か!?こうしちゃいられない!1秒でも速くあの町に行かなくては!」

下り坂ということもあってか、ビールを飲める興奮もあってかあっという間に町に到着した。

「おお、おお!ここが幻のビールがある町!すごい!どこもかしこもビールの看板が!」

ここは天国か?1日1件のビールを飲んだとしても1年以上かかるぞ?その前に俺の肝臓が根をあげそうだ。

「ああ〜歩くたびに麦のいい香りが…してこない!?」

あれ!?住民全員がビールを醸造しているのだから香りぐらいしてもいいはずなのに。

というか、人の気配がまったくしないんですけど!?

と、とりあえず目についたあのお店に行ってみよう。みんな家の中にいるのかもしれないからね。

俺はそう自分に言い聞かせ適当なお店をノックする。

が…

「反応なし…留守なのかな?」

その後2件、3件とノックをするがどこも反応がなかった。

居留守でも使われているのか…とりあえず一通り町を歩いてみるか。

そう思い歩き始めて束の間広場のようなところに出た。

するとそこには50代ぐらいのおじさんが肩を振るわせながら何か独り言を言っていた。

ん?良かった。人だ。あの人にビールが飲めるお店を聞いてみよう。

俺は広場のおじさんに近づき話しかける。

「あのー、ここら辺でビールが飲めるお店って…

「それどころじゃないんだ!!」

おじさんがいきなり声をあげる。

「えっ!?え?」

いきなり怒鳴られたのでびっくりしてしまった。

「ぬ!旅の者だったか、いきなり大声をあげてすまなかった。どうやらビールを求めてこの町を訪ねてきたと推測するが、申し訳ない。今はビールは造ることができないんだ」

おじさんは申し訳なさそうにそう言った。

うーん…嘘をついているようにはみえないし、とりあえず理由だけでも聞いてみようかな。

「全然気にしないでください。ところで、どうしてビールが造れないのですか?」

「子供たちが、行方不明なんだ」

「へっ?子供?」

子供とビールに何の関係があるんだ?

「この町の住人はみんな結婚し子供がいる。だがある日突然その子供たちが一斉にあの山に行ってしまったんだ!」

おじさんはそう言って山を指す。

今日は快晴だ…なのに

「あれは雲か?いや霧がかかっているのか?」

「そうだ。霧だ。この町の子供たち全員があの霧の中に向かっていった」

どういうことなのだろうか。皆目見当がつかない。

「そこで頼みがあるのだが…お主あの霧がかかった山に行って子供たちを連れて来てはくれないか?」

「はい!?」

何を言っているんだこのおじさんは?

俺の目的はビールを飲むことだ。ビールを造っていない以上長居は無用、すぐに次の町に行くだけだ。

「い…いや、大変申し訳ないのですが…

「もし無事に子供たちを連れてきてくれたらこの町のビールを一生好きなだけ飲んでいいぞ」

「お任せください!!」

そう。俺の目的はビールを飲むこと。ビールを飲むためだったらたとえ火の中水の中…

なんて、ビールという言葉に興奮して脳で考えるより先に口が出てしまった。悪い癖だ。

こうして俺は霧がかかった謎の山に向かうことになった。



歩き始めて一時間程経っただろうか。

霧がかかっている例の場所に近づく。

すると、俺が向かおうとする先に大多数の大人たちが大声で何かを叫んでいた。

名前だろうか、男の名前、女の名前らしき言葉が聞こえる。

多分行方不明になっている子供たちの名前だろう、そして探しているのは子供たちの両親だろうか。

しかし…なぜ子供だけが山に向かったのか。

まぁ…子供を町に連れて帰れば一生ビールが飲めるんだ。原因なんてどうでもいいか。

そんなことを考えていたら霧がかかった場所に着いてしまった。

「…」

仮に子供たちを見つけられなかったとしても、俺は果たして無事に帰って来られるのだろうか。

「はぁ…考えても仕方ないか」

俺は気合いを入れ直し霧の中に入った。








「はぁ…はぁ…どのくらい歩いた?くそっ、霧で何にも見えない」

ちょっと歩けば霧も晴れてそこに子供たちもいてっていう安易な想像をしていたが…

「マジでどうなってんだよ!?」

四方八方が霧に覆われているため、ついには俺自身どこに向かっているのかも分からなくなってしまった。

山を登っているはずなのになぜ登りが無いんだ?

歩いても歩いても平坦な道で方向感覚が崩れる。

そしておまけに…

「何でこんなに寒いんだよ!!つい最近まで夏だったんだぞ!?」

凍える様な寒さだ。霧が体温を奪っていくのが感じられる。

足が止まる。そして膝をつく。ここまでか…だが!

「…俺にこれを使わせるとはな」

俺はそう呟くとバックを開け、ある物を取り出す。

「体温を奪われるのなら体温を上げるまでよ!」

独自理論を展開し秘密兵器である瓶ビールを取り出す。

「ふっ…アルコール度数10%か。平時なら躊躇する度数だが今回は非常時だ飲むしかない」

俺は度数10%のビールを一気に飲む。そして…

「おお!体温が…体温があがってきたぁ!」

そう、アルコールによる体温上昇によってこの難局を切り抜けるんだ。

しかしこの秘密兵器にも弱点がある。

アルコールによって体温が上がる…しかしそれは一時的でありその後急速に体温は下がる。それまでに霧を抜け出せなかったら…

もっと度数の高いビールを飲めばいい!

「さぁ!この最強ループを崩せるなら崩してみるといい!俺はいくらでも飲み続けるぞ!」

本来の目的を忘れ1人で勝手にテンションが上がっていく俺に対して霧は…

逃げる様に晴れていった。

「…釈然としない」

霧が晴れそして俺はとあるものに気づく。

「家がある…」

上り坂が無いあたりをみるとここは山頂なのだろうか。霧で視界が悪い状態で気づかず登っていたのか。

とりあえずあの家に行こう。なんとなくだが、あの家に行けば何か分かるそんな気がした。

家に向かって歩みを進めていると畑が見えた。

「こんな山頂じゃ町まで降りるのも一苦労だしそりゃあ自給自足だわな…ってあれ!?」  

俺はとんでもないものを見つけてしまった。

必然的に足が止まる。

「コリアンダーだと!?それに向こうには…ローズマリー!?」

自給自足で生活するのに作る作物じゃないだろ。

それに…偶然なのか、二つともビールの材料にも使われる。

まさか…この家でもビールを造っているのか?

胸の鼓動が速くなる。これは緊張なのか…それとも興奮によるものなのか。

俺は覚悟を決め再び歩き出した。




家の前に着く。

麦の香りがする…やっぱり造っているな。

俺に飲ませ…じゃなくてとりあえずここの家主と話をしよう。本来の目的である子供たちのことも聞けるかもしれない。

そう思いノックをしようとした瞬間…

「お客様なんて珍しいね」

「!?」

後ろから声をかけられた。ここの家の人か?

「私の家に何か用かな?」

30代…いや20代に見える背の高い若い男がそう俺に言ってきた。

「はじめまして。俺は山の下にある町から…

「全部言わなくてもいいよ。そろそろかなって思っていたから」

そろそろ?どういうことだ?

「そろそろ夜になる。今日は泊まっていくといいよ」

確かに、無我夢中で歩いていたから気づかなかったがもう夕方だ。仮に今、町に戻ろうとしても夜になるのは確実だ。ここで身体を休めるのは正直ありがたい。

だが…この人を信用してもいいのだろうか。

胸の鼓動の速さが興奮から緊張に変わろうとしていた。

「もし泊まってくれるなら、出来立てのビールをあげよ「泊まります!」

俺は食い気味にそう言った。

ビールとなれば話は別だ。この人は100%信用における人だ。この人が白と言えば黒も白になる。そしてそれを俺は支持しよう。

「じゃ…じゃあ僕についてきてね」

若干引き気味の男はそう言って扉を開けた。





扉を開けるとそこはまさに「醸造所」とでもいうような立派な施設があった。

「本当にビールを造っていたのか…」

『おかえりなさい!!』

甲高い声が家中に響き渡る。

十数人ぐらいいるだろうか…子供たちが男に向かって声をかけていた。

予想はしていた。多分ここの子供たちは町の子供たちだろう。

「ただいま。もう夜になるからみんなお風呂に入って寝なさい」

『はーい』

おかしい…なぜここまでこの男に従順なんだ?

それに…それに、

俺は隣にいる男に質問する。

「なぜ、子供たちにビールを造らせているのですか?」

ビールは大人が飲むもの。子供は飲んではいけない。

なぜか、

ビールにはアルコールが入っているからだ。アルコールは子供には有害だ。

そんなアルコールが入ったビールを子供に造らせるのは倫理的にどうなんだ?

「あの子たちは親が醸造しているの見てやってみたいと言っていたから僕の手伝いをしているだけだよ」

男は涼しげに言う。

親が醸造している、その言葉で全てが繋がる。

あの子供たちは行方不明になった町の子供たちだ。

そして犯人は…俺の隣にいる


この男だ。




「しかし、アルコールは子供には有害です。すぐに止めさせるべきです!」

「大丈夫だよ。だって造っているのはノンアルコールだからね」

男は笑いながら言う。

「ノ…ノンアルコールですか」

ノンアルコール…アルコールが無い、もしくはほとんど無いことを指す。しかしビールを造るには…

「ノンアルコールだとしても醸造の過程で最初にビールを造ってからアルコールを気化させないといけません。その過程はどうしているんですか?」

「もちろん僕1人でやっているよ。君の言う通りアルコールは子供たちには有害だからね」

一応有害だということは分かっているのか。

「それにこのノンアルコールビールはあの子たちの飲み物にもなるからね。ほら、君も飲んでみるといい」

男はそう言ってタンクからノンアルコールビールをコップに注ぐ。

「アルコールが入っていないビールだとしても造り方はビールと同じ、自分こう見えてビールにはうるさいっすよ?」

男から渡されたノンアルコールビールを見ながら言う。

まずは香りだ。

「コリアンダー…ミント…オレンジピールまで!?」

ハーブの香りが鼻から身体中を駆け巡る。

まだ飲んでいないのにこの破壊力…飲んだらどうなってしまうのだろうか。

恐る恐る口に運ぶ。

「!?あ…甘い!?これは麦汁か!それに香りも損なっていない…むしろ調和しているだと?」

アルコールが無いからと油断していたがとんだ化物が来てしまった。素直に美味いとしか言えない。

「満足してくれたようで嬉しいよ。さて、ここで立ち話よりも部屋でアルコールが入ったビールでもどうかな?」

ノンアルコールでこの美味しさだぞ…アルコールを入れたら俺はどうなってしまうのだろうか。

「部屋で君が知りたいことを全部教えてあげるよ。ビールのことも…あの子たちのこともね」

男はニッコリと笑い歩き始めた。

「…君が来るのをずっと待っていた気がするよ」

背筋がぞっとした。

「すみません。俺ノーマルなんでそういうのはちょっと…」

「そういう意味で言ったんじゃないよ!?」

本当かよ…

100%信用できると思っていたが、98%に下がった。





二階に上がり部屋に案内してもらう。

「どうぞ」

男に案内され先に入る。

ガチャと音が聞こえる。どうやら鍵をかけられたようだ。

「…」

「さっそくビールを用意するよ」

男はそう言ってキッチンの方に歩いていった。

その間に俺は部屋を眺める。

おそらく、ここで醸造したビールだろうか、ぎっしりと大量に飾られている。

一階が醸造所ということもあるのか麦の香りが部屋に充満している。

正直羨ましい…ここに住みたい、そう思えてくる。

「さぁ!準備が出来たよ。座って飲もう」

部屋を眺めていたらいつの間にか準備が終わっていたようだ。

「失礼します」

「さ。まずは一杯」

男はそう言って俺のグラスにビールを注ぐ。

黄金色のビールが透明なグラスに色をつける。

「では、今日という出会いに…」

『乾杯』

さっき会ったばかりの男と飲む。こういったのも偶にはいいかな。

そう思いながら俺はビールをいただく。

「濃(こ)!?」

思わず吐き出したくなる濃厚さだ…口の中が消毒されているようだ。

でも…アルコールのコクに麦とハーブの香りが続いて脳が「もっと飲ませろこれは内臓の総意である」と命令してくる。

脳よ…肝臓は多分嫌な顔をしていると思うぞ。

「ちょっと濃厚だったかな?でもあの町のビールはどれもこれぐらいの濃さだよ」

「まじすか!?」

おいおい…肝臓壊れちゃうぜこれ。

「確かに濃いですけど…この濃さクセになりそうです」

「僕も最初はそう思っていたんだけどね。最近はこの味にも飽きてきちゃってね」

まさか、さらに度数を上げようとでもいうのか?そうなったらいよいよ消毒液だぞ?

俺は深くは聞かないことにしようと思い二口目にいく。

アルコールは確かに強いが、麦もハーブもしっかり感じ取れる。だが…普段飲んでいるビールにあってこのビールに無いものがある。それは…

ホップだ。

ホップとは、ビールに苦味と泡をつける植物だ。さらに防腐作用もありビールを造るには必須だ。

だが…このビールには、ホップが使われていない。となると、このビールは…

「グルートビール」

ホップが主流になる前のビールの造り方だ。ホップの代わりにハーブを使うとのことだが、造り方などが秘密で、資料がほとんど残っていないらしい。

「へぇ〜グルートビールって言うんだ」

男は素っ頓狂な声で言う。

「ええ!?知らないで造っていたんですか?」

「だって僕はこのビールしか知らないからね。町の人もこの造り方でビールを造っているよ」

ここでは、製造方法が謎に包まれたグルートビールを造っているということになるのか。

とんでもない…町に来てしまったな。

三口目を飲もうとするが、どうやら二口目で飲み干していたらしい。

「お代わりするかい?」

男はグラスを俺から取り上げようとするが、

「次は…違う種類のビールを飲んでみませんか?」

「違う種類?」

男の疑問に答えるように俺はバックから未開封の瓶ビールを取り出す。

「このビールはお兄さんのビールの世界をさらに広げますよ」

俺はそう言って「ペールエール」と書かれた瓶をグラスに注いだ。

「なんか悪いね。お客様のお酒を頂いちゃって」

「気にしないでください。美味しいビールのお礼です」

単純にお礼のつもりだったが、違う目的もある。それは、

この人に他のビールの良さを知って欲しい。

そう思ったからだ。

「うん。麦の香りが強いね。でもうちの程ではないかな?」

「香りも僕は好きなんですが、気に入っているのは味ですよ。是非飲んでみてください」

「じゃあいただくとするよ」

男は俺に従いペールエールを口に含む。

「えっ!?あれ?苦い?苦いよ!」

男は子供のような声をあげびっくりする。

「これが今世界で主流のホップという植物を使ったビールですよ」

「すごい!すごいよ!ビールってこんな苦くも出来るんだね!苦味もあって甘味もある。すごく美味しいよ!」

子供のようにはしゃぐ男。

ここまで喜んでくれるとは思わなかったので少し照れてしまう。

気づくと男はペールエールを全て飲み干していた。

(俺も飲みたかったのに…)

そのセリフが喉まで来ていたがなんとか抑えた。

「はぁ…これもビールなんだね。ありがとう勉強になったよ」

男は本当に嬉しそうに言った。

「それは良かったです。美味しく飲んでくれて俺も嬉しいです」

…が楽しい時間もここまでだ。

ここら辺で本題に入らなければならない。

…決してこれ以上あんな濃いビールを飲んだら酔ってぶっ倒れて話を聞けないとかじゃない。本当に。

「じゃあ真面目な話をしようか」

男は俺の顔をみてフニャけた顔から真面目な凛々しい顔になった。

どうやらこっちの意図に気づいてくれたようだ。

「何から話したものか…」

少しの沈黙があって男は再び口を開ける。




「僕はね…幽霊なんだよ」





「?」

この男は何を言っているんだろう。酔っているのか?

まぁ、あんなキツいビールを飲んでいればすぐに酔いはまわるか。

「あれ?信じていない感じかな?」

「信じられると思います?」

「じゃあ証拠をみせようか」

男はそう言うと立ち上がり…宙に浮き始めた。

…どうやら俺も酔いがまわってきたようだ。なんだかんだ今日は飲んでいるからな。

そもそもこれは俺がみている長い夢なのかもしれない。

目が覚めたらどこかの町のベットにいる。そんな気させする。

俺は頬を引っ張る。

痛かった。まじか現実なのかコレ。

「夢じゃないんですね」

「分かってくれたかな」

男はゆっくり降りて来て再び椅子に座る。

「…よく見ると身体が透けてますね」

「でしょ」

…いきなり出鼻を挫かれた気がするが、話を戻さなければ。

「幽霊さんなのは分かりました。単刀直入に聞きますが、どうして幽霊がこんな事をしたんですか?」

目の前に幽霊がいる…にわかに信じられないが俺はこの人が悪い人ではないと信じたい。だって、

ビールを造る人に悪い人はいない。そう思っているから。相手は幽霊だけど…

「あの子たちの親は全員ビールを造っているってのは知っているね」

「はい。非常に羨ましいなと思っています」

「それは君が大人だからだね」

「ん?」

「あの町の大人たちはね…年中ビールを造っているんだよ…子供たちをそっちのけにしてね」

「そして毎日懲りもせずビールを飲んで酔って寝て起きてビールを造っている…」

男の言葉からは怒りが伝わる。

「子供たちが可哀想じゃないか」

毎日、ビールを飲んで造ってなんて俺からしたら天国のようだ。だがビールを飲めない子供だったら…

考えもしなかった。俺が独身だからというのもあるだろうが…

「だから僕はね…子供たちだけを誘拐したんだ」

そう男は言うと、立ち上がりスピーカーらしき物に近づき何かを弄り始めた。

「この音、君に聴こえるかい?」

何も聴こえない。どういうことだ?

「すみません。何も聴こえないです」

「そうだろうね。僕も何も聴こえないよ」

ん?どういうこと?

「この音はね、モスキート音って言って子供にしか聴こえないんだ」

モスキート音…なんだそれは、子供は聴き取れて大人は聴き取れない。だから子供たちだけをここに連れて来れたとでもいうのか。

「町の様子はどんな感じだったかい?」

「みなさん…大人たちが大好きなビール造りを止めてまで必死に探してしましたよ」

「そうかい…」

男の表情からは安堵のようなものを感じられた。

「保証は出来ませんが、今回の件で大人たちは猛省し子供たちのめんどうも積極的にみるようになるんじゃないでしょうか?」

「果たしてどうかな?」

「あの町はビールが命だ、僕が生まれる前からね。だからまた、子供たちを蔑ろにすると思うんだ」

男はあの町の大人たちを信じられないようだ。

「でも、もういいんだ。僕はもう消えちゃうから」

「えっ?消えちゃうんですか?」

「そうだね。今君が言ってくれた大人たちが「ビール造りを止めてまで探している」と言う言葉に救われてしまったようだ」

俺の言葉が成仏?のトリガーになってしまったらしい。

「君に頼み事があるんだがいいかな?」

男は真剣な眼差しで俺に言ってくる。

「子供たちを大人たちの元へ帰してあげてくれないか?」

「…元々町の大人たちにはそう言われて来たんで願ったり叶ったりですよ。お願いされるまでもありません」

これで無事子供たちを連れて帰れればミッションコンプリート。晴れて俺は一生タダでビールが飲める。

だが…これでいいのだろうか。

このまま、あの男を成仏させていいのだろうか。

………バックがもっと軽くなるなぁ

「お兄さんは、今すぐ消えてしまうんですか?」

男は微笑むように、

「いや?朝日で消えるっぽいからまだ数時間は消えないと思うよ」

だったらそんな今にも消えますみたいな顔するの止めろ!!

「それならまだ時間はたっぷりあるわけですね」

「?」

俺はバックに手を伸ばしテーブルに置く。

「左から、「ラガー」「IPA」「ヴァイツェン」「ランビック」です。これも全部ビールなんです!お兄さんが消える前に二人で飲みましょう」

どうせ消えるなら、どうせ消えるならさ…せめて楽しもうよ。

「君は…本当にビールが好きなんだね」

「数時間しかないんですから飲みながら喋りましょう!」

今にも泣きそうな声で男は言ったが、顔は笑っていた。

その後二人はベロンベロンになるまで飲みあかした。

男はビールの種類に驚き、飲んでは驚いてを繰り返していた。

一人で飲むのも良いけど、こうして二人で飲むのも案外いいものだな。

幽霊は人数にいれていいのかは議論の余地がありそうだけど。

「そうだ。報酬を渡していなかったね。」

男はそう言って棚から瓶を取り出した。

「報酬なんて別にいいですよ。町の大人たちからも貰う予定ですし」

「報酬は、僕が生きていた時代のビールを再現したビールって言ったら?」

「もうすぐ夜が明けます!そんな所に立ってないで早くこっちに来てください!」

「君は本当に面白いなぁ」

クスクスと笑いながら男から瓶を渡される。

これが、当時のビール…おそらくグルートビールだろうが…どんな味がするのだろう。

「さぁ、飲み会の続きをしようか!」

「はい!」




「はぁ…はぁ…飲み比べは俺の勝ちってことでいいですね?」

男は酔ったのか横になっていた。その後寝息が聞こえてきたからおそらく寝たのだろう。

「俺のビールが…全滅だ」

まさかバックが全部空き瓶になるとは思わなかった。

でも、なんだかまだ飲み足りないなぁ…

目線を先程男からもらったビールに合わせる。

町に着いてから飲んでも良いんだけど…

「お兄さん!ちょっとまだ飲み足りないんで報酬のビール飲んじゃってもいいですか?いいですよね!」

何も聞こえない…

そして空が明るくなって来た。朝焼けか。

「…沈黙は肯定と受け取りますからね」

俺はそう言って報酬のビールを開け…俺が抱く色々な気持ちをビールと共に飲み込んだ。

「濃(こ)!!」

相変わらず濃すぎるビールでした。

でも何故だろうか。二口、三口といけてしまう。

気がつくと全部飲み干してしまっていた。





霧が晴れ太陽が顔を出し朝がやってくる。

「まずはここにいる子供たちに説明を…そして、探している町の大人たちにも説明を…ってなんて説明すりゃいいんだ?」

いい案が思いつかず頭を抱える。

だが…不思議と後悔は無い。

「まぁ…先払いで貰っちゃったからな」

俺はそう言って空いた瓶をバックに詰め、

「ごちそうさま。美味しかったです」と

ここにはもう居ない一晩だけの友人に言葉をかける。

「さぁて、いっちょやりますかね」

俺は背伸びをして眠気を飛ばす。

とある町と、とある青年を巻き込んだ、ちょっと不思議でちょっと心温まる…


そんなちょっとしたお話。

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