2023 ATPファイナルズ準決勝・ジョコビッチ対アルカラスを観て

2023 ATPファイナルズ)

男子のツアー最終戦がイタリアのトリノで開催されています。
ランキング上位8名による試合。出場するだけでも名誉な大会ですが、通常のトーナメントとは開催方法が全く異なり、予選は4人リーグによる総当たり戦。その上位2名が本戦に出場となり、1位が別グループの2位と対戦する形で準決勝が行われます。
ジョコビッチは予選でシナーに敗退して2位通過。逆グループ1位通過のアルカラスとの対戦となりましたが…やはりこの二人の対戦は非常に興味深いですね。この試合も観戦しながら感じるものが非常に多かった。
試合序盤、ジョコビッチはアルカラスをじっくり観察するような雰囲気であまり自分から仕掛けず、ややゆっくりしたペースでラリーを展開します。
それに対してアルカラスは自分から速い展開でどんどん戦術に変化を与え、先手を取って強打を仕掛け、ネットに出て、ドロップショットも鮮やかに決めてみせます。
お互いにキープしあいながらも、自由自在のテニスを披露するアルカラスがやや有利な雰囲気でした。
でもその雰囲気が一変するんですよ。というかジョコビッチは今日のアルカラスの様子や戦術をこの序盤できっと確認してデータを集め、頭の中で整理していたのかも。
正確に細かいスコアを覚えているわけではないのですが、その場面は2-2ぐらいの場面、ジョコビッチがアルカラスのドロップショットを拾ってあまり良くない体勢でネットに出た時に訪れます。
ジョコビッチはもう、アルカラスのコースを読めるんですよ。それもラリーの組み立ての段階じゃなくて、アルカラスがエースを狙うような、とどめを刺しに来るような場面で。
アルカラスが足をガッチリ止めて、完全にコースを隠して打ったものすごいスピードのバックのクロスパスをまずボレーでしっかり止める。
浅く入ったボレーをアルカラスは近い距離から余裕を持ってストレートに強打し、当然ほとんど抜けると思っていたんでしょうけど…それもジョコビッチが完全に予測してクロスにボレーでまた返すんですよ。
完全に抜けるか、相手を追い込めるはずのボールを打っても、またしっかり返球してくるジョコビッチに対し、焦って苦しくなってアルカラスはロブを上げてかわそうとする(このロブも決して悪くなかった)んですが、そのロブに対しても驚異的な反応を見せて難しい体勢の中からしっかりスマッシュで反撃。ジョコビッチがポイントを奪うシーンがありましたが、このポイントがこの試合の流れをもう決めてしまったと行っても過言ではありません。
派手なガッツポーズを出して会場の雰囲気を、一気に自分の方に向けさせるジョコビッチ!
自分の頭を指差すようなポーズで、
「どうだ。俺は読めてるんだぞ!!」
…とでも言うようなアピール!
この場面から主導権は一気にジョコビッチに傾くのですね!
アルカラスの調子はこの所、実はあまり良くありません。
フィジカルに問題があるわけでも、集中力がないわけでもないのですが…何故かほんの少し動きがスローに感じたり、以前ならもっとライン際に行っていたボールが少し甘いコースに入ることがある。
ウインブルドンで無我の境地に入り込んで、自信に満ち溢れたプレイで優勝したあの時を仮に100とするなら、今の彼はそう酷い問題があるわけではないけど、90ぐらいのパフォーマンスのように感じるんですよ。
それはおそらく、打つ直前に一瞬の迷いがあるからなんじゃないだろうか。
そんな風に僕には思えるのです。
今はYouTubeで試合直後のプレカンの様子を視聴することもできるし、英語音痴の僕でもAI翻訳や要約機能を駆使して、プレイヤーが何を語っているのか知ることができる。いやはや僕のようなテニスオタクにとってはなんて良い世の中なんだろうって思いますが、それはさておき、アルカラスはもうジョコビッチのことばっかり語るんですよ。
ジョコビッチならきっと、こうするんじゃないか。
ジョコビッチならきっと、こう考えるんじゃないか。
…みたいに、頻繁にジョコビッチがいかにすごいか。自分との比較でどんなところが優れているのかを語るんですよ。もうジュニア選手がトッププレイヤーに憧れて、あれこれ語るみたいに。
そしてこの試合の中でも、アルカラスの頭の中にはそんな思いがないわけがないのです。それが打つ前の一瞬の躊躇になる。
迷いからコースが甘くなる。以前ならしないようなミスをしてしまう。
その、ほんの少しの精神的な迷いやプレッシャーが、アルカラスのプレイから輝くような躍動感を奪ってしまっているのが、今の状態なんじゃないでしょうか。
そしてジョコビッチはもう、アルカラスの戦術パターン、配球の傾向をしっかり読んでいる。まるで1秒後の未来が見えているみたいに。
試合の動画を見る時に、ほとんどの人は無意識にボールに意識をフォーカスして、プレイヤーの動きを周辺視野的にぼんやり見ていると思いますが、一度意識的にジョコビッチの動きにフォーカスして、逆にボールを周辺視野でぼんやりと見るようにしてみると、きっと僕の言うことがわかると思う。
ジョコビッチはスプリットステップしながら、アルカラスが打つ前にボールが飛んでくると予測した方向に、およそ3~4回に1回ぐらい動いているんです。
それもアルカラスがなにかラリーに変化を与えようと仕掛ける時や、押し込もうとした時、エースを奪おうとした時に限ってそれをしていることが多い。ニュートラルなラリーの中ではそういう事はせず、どこに来ても取れるようなポジションをしっかりキープしているんですが、ここぞという時にそれをやる。だから他のプレイヤーなら追いつけないか、触るのがやっとのボールでも、何事もなかったかのように普通に返球してくるのです。
これがジョコビッチの異能の本質。
彼の信じられないようなカウンターは、この予測能力に裏付けされているんです。
そしてその能力はリターンにも当然のように有利に働く。
アルカラスがこの試合、ファーストイン80%以上を記録し、実際エースも普段のアルカラス以上に奪えているのに、ジョコビッチにブレイクされてしまうのか。それはジョコビッチに予測されてるからに他ならない。
これだけのクオリティでサーブを打っても、ジョコビッチは良いリターンを常にしてくる。それはアルカラスに対して非常に大きなプレッシャーとしてのしかかって来るのですね。
また、アルカラスは他のプレイヤーよりも少しセンターから外側の位置からサーブを打ちます。それはどちらのサイドでも角度を付けたサーブを打って、相手を外に追い出す事を、サービスキープの戦術の主眼においているから。
だからアルカラスはブレイクポイントを握られた苦しい場面でも、ワイドのスライスサーブや、外に跳ねるキックサーブを打って相手を追い出し、そしてサーブ&ボレーで決めてしまう事を頻繁に行います。もしくは安全策で次のボールをフォアで逆サイドに強打してしまえば、サービスゲームでアドバンテージを失うことはない。でもその組立がもうジョコビッチには読まれているのです。
大事な場面で角度を付けたサーブを打ってくる事がもう分かっているから、もうそれを使えない。でもセンターにエースを連発できるようなビッグサーバーというわけではアルカラスはないですし、外側からサーブを打つことで、センターのサーブが少し内側に入ってくるデメリットもある。
アルカラスが質の高いサーブを打ってくるにもかかわらず、ジョコビッチはこの試合、常にベースライン近くに深いリターンをし続けました。サーブで相手を追い込み、甘くなったボールをフォアで強打して相手を追い込むアルカラスの戦術の根本が、グラグラと揺らぐのを僕は感じましたね。
結果、ストレートでジョコビッチがこの試合に勝利するのですが…アルカラスはこの試合で衝撃を受けたんじゃないかなぁ。
自分は良いテニスをした実感がある。
でもそれがまるでジョコビッチに通用しなかったという事実。
この敗戦から彼は何を学んで、何を飼えていくのだろうかと、そこにも僕は興味が湧きます。
戦術とかプレイスタイルっていうのは、要するに性格や人格です。
自分から攻撃するのが好きだとか、相手のミスをしっかり待つ事で安心できるとか、相手の嫌がることを考えるのが得意とか、そういうのはプレイヤーの個性。根本的には性格によるものだと僕は思います。だからこそ、無意識に大事な場面でやることはプレイヤーによって決まってきてしまう。人格を簡単に変えることができないように、プレッシャーのかかった場面でできる戦術にはやはりプレイヤーによって偏りができてしまうのです。技術的な得意不得意とは別の要素があると思う。
アルカラスは自分の戦術を根本から見直さない限り、今後ジョコビッチがフィジカル的に落ちない限り勝つのは難しくなるんじゃないだろうか、そんな風に僕には思えたんですね。
そして戦術的にプレイヤーが気づかないアドバイスができるのがコーチの役割。ジュニア時代からの師弟関係を築いてきたファン・カルロス・フェレーロ氏にそれができるのかどうか。そこに僕は非常に興味があります。
そして決勝は、ジョコビッチが予選で負けたシナーとの対戦。
これもひっじょーに興味深い!
ジョコビッチが一度負けた相手に、連続して負けるってこと、殆どないんですよ。
どんな風に対策を練ってくるのでしょうか。
やっぱりジョコビッチってすごいな。
こんなプレイヤー、今までいなかった。
以前も書きましたが、ジョコビッチよりもサーブが速い選手はたくさんいる。
ジョコビッチよりも足が速い選手も、ストロークが強い選手も、ボレーが上手い選手もたくさんいる。
でもなぜジョコビッチが36歳でグランドスラム3勝し、今でも世界一なのか。
それはテニス界最高の戦術コンピュータを搭載している、あの頭脳故の事だと思うのです。


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