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銭湯でおもったこと

毎週、日曜日は銭湯に入りにいくと決めている。

東京には銭湯がどこにでもあるし、生活に根付いている。
昔ながら古びたものから若いオーナーが盛り上げているような銭湯があって、それぞれが個性的だ。

徒歩から5分の銭湯は後者の銭湯で、綺麗に改装したりクラフトビールがあったり入ってからも、入った後も楽しめる。冬場はみかんやニンニクが売られていることもある。

話を戻すと、日曜は週替わりで様々な薬湯が気持ち良くて、ひと風呂浴びるのが日曜日の恒例行事だ。

40度くらいの湯が体をもみ、薬湯の匂いが鼻腔から脳へ駆け上がってリラックスモードをオン。一瞬天井を見上げ、視線が洗い場へと落ちていく。

午後6時ごろは若者、老人と人がいっぱいだ。
ぽっこりお腹がでている人、刺青の入った人、スポーツやっていそうなガタイの良い人。全員、すっぽんぽんなので実際の社会的な立場や身分なんて本当にわからない。銭湯という空間においては生きてきた時間がそれぞれ違うだけでただ人が集まっているだけ。湯に集まっているだけ。

それぞれの日々の感情や凸凹が湯に溶け込んで、湯気とともにリラックスした気持ちが昇華されているような気がして、同時に「僕だけではないのだ」と、その一体感に安堵する。

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ぼちぼち生活していた中で思ったこと。
たまに雑文を書きたい気分の日がある。

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