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日本人・日本語の神秘 『今日、誰のために生きる?』(ひすいこたろう、SHOGEN)

何がどうしてSHOGENさんの名前が出てきたのか覚えていないのだけれども、みんなSHOGENさんをおすすめするという不思議な現象がそこでは起きていた。長崎へ行ってなぜそんなことが起きたのか、僕にはよくわからなかったけれども、でも、新幹線で一緒に帰っていた時に友人から、ひとつの動画を教えてもらいそれをその日のうちに見てみると、それがまた面白い。これは何かの流れだと思ってすぐに本を購入する。それが、『今日、誰のために生きる?』という、ひすいこたろうさんとSHOGENさんの共著である。

ひすいこたろうさんの本はいくつも読んだことがあり、そのひすいさんが面白いと言っていたのも気になる要因のひとつだった。彼はそれこそ、いろんな幸せになるためのノウハウを研究する中で、あらゆる本を読んで、あらゆる人に会っている。そんな人が面白いという人はどんな人なのか、というのはとても気になった。そして、それがアフリカへ行った青年のことだったとは…。

ある日、1枚の絵画を見て、衝撃を受けて、次の日には会社を辞めるということ自体がかなり衝撃的なのであるが、さらにただ絵を習得するだけではなく、アフリカで古き良き日本の文化を学ぶということも、もう理解不能である。本当にそんな村存在しているの? 作り話では? とも思ってしまうような話であるが、彼の言葉を聞くともちろん本当だろうし、そして、その村があるかどうかが本質ではなく、そこで教え継がれている教えの方が本質である。そういう考え方をしている人たちがまだ世の中にいるのだ、ということがとても大切なことなのである。

時々、日本人のルーツから、日本人の使命を語る人もいる。個人的にはそれはあまり好きではない。なぜなら、もし自分が日本人ではなかったら、それを為すことができないのでは、と思ってしまう。日本人だから、というのが返って何かを限定してしまう気がするからだ。でも、たしかに僕は日本人であり、日本という大地で育ってきたことは間違いなく、その血が流れている。それは紛れもない事実であり、逆に言えば僕たち日本人はそうとしか生きられないのである。どこまでも日本人であり続けることしかできないのである。それがまた文化の不思議でもある。僕たちは日本人の歴史の上に立っているのだから、当たり前のことなのであるが、なかなかその立っている地面について理解しようとする人は少ない。その大地、土台があって今があるということを実感しながら生きるものは少ない。でも、それはもう自分では選べないものであり、それを理解することは生きる上でとても大切なことなのではないかと思うのである。自分はどこからきて、いまどこにいて、どこにいくのか、というのは、ある意味では、いま自分が立っている場所を見ればわかるのだから。

そんな日本人の心の土台について、この本は思い出させてくれる。それは何か特別なことではなく、ものすごく当たり前のことばかり。誰もが理解できることばかり。なぜか忘れてしまったことばかり。僕たちはそのアフリカの村人たちの言う日本人の教えを理解することができる。言葉は違うはずなのに、それがわかる。そして、それをまたアフリカの村人たちは日本人から学んだと言うのだから、これほど不思議なことはない。どうしてそんな教えがその村にあるのか、それは本書を読んでいただければと思うし、そして、それがどうやってなされたかはそんなに重要なことではない。それよりも、その教えに価値があるのである。

個人的にとても気になったのが、村長のこの話。

「日本人こそがおれたちの先輩で、真のアニミズムなんだ。
 自然災害が来ないように、自然に対して手を合わせるという心がみんなの中にある。
 地球上で、虫の音がメロディーとして聞こえる、
 虫と会話ができる稀有な民族が2民族だけいて、
 それが日本人とポリネシア人なんだ」

「日本人は虫と話をするために、日本語を生んだんじゃないかな」
 と村長は言いました。自然の中で一番小さくて繊細な声をちゃんとキャッチして、自然と共存共栄して生きていくために、です。
 かつて日本人は、世界中で一番、自然から愛されていた人種だったそうです。さらには、「自然ととてもいい距離感で向き合っていて、小さな虫の音にまで耳を傾けることができるほど、ものすごく心に余裕がある人たちだったんだ」と村長は教えてくれました。

「虫の音がメロディーとして聞こえる」のは、日本人とポリネシア人だけ。今、自分がなぜポリネシアに興味を持っているのか、というのがわかった気がした。そして、村長はこうも言う。「日本人は虫と話をするために、日本語を生んだんじゃないかな」と。別に虫と話がしたいわけではないけれども、でも、そのことがなんとなく直感的に理解できてしまう。これはどういうことか。僕が気になっている日本語の本質というものの、ある種ひとつの答えがまさかアフリカの村長の口から語られるとは。これはいったいどういうことか。

たしかにこの物語は美しい、村長の教えも大切なことばかり、でも、それだけでは、どこにでもある自己啓発本で終わってしまうのであるが、僕の中では、この日本人と他の民族の違い、日本語と他の言葉の違いについて知ることができたのがとても大きかった。日本人、日本語の不思議の鍵となるものがそこにある気がしてならないのである。それはまさに言霊というのを言い換えたものではないだろうか。虫とも話せる言葉をつくってしまった日本人とは、一体何者なのか。ますます謎は深まるけれども、でも、何かを思い出させてくれる。懐かしい何か。はじまりの何かを。

まさかそれがアフリカへ行った青年から聞くことができるなんて、人生は何が起こるのかわからない。そして、SHOGENさんが今もその教えを日本人に語り続けている。これは応援するしかないでしょ、という気持ちにさせられる。しかし、まずはこの教えを広めてくれていること、本にしてくれたことに感謝です。本当にありがとうございました。

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