『偶然と想像』『春原さんのうた』感想その1

注意1:ネタバレがあります
注意2:とても長いです
注意3:あまりにも長いので2回に分けました

飯田橋ギンレイホールで『偶然と想像』と『春原さんのうた』を2本立てで観た(濱口、杉田両監督のトークショー付き)。『偶然と想像』『春原さんのうた』ともに2回目の鑑賞だったが、2作品を続けて+トークショーを観たことで新たな発見があったので書き留めておくことにする。
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『偶然と想像』概要

まず『偶然と想像』について。この映画は3つの短編からなるオムニバス映画である。メインキャストは3編とも2〜3人と少なく、タイトルである「偶然」「想像」の意味も(少なくとも表面的には)明らかだ。濱口監督の作品はもともとテキストの強度が高い(このことには後ほど詳しく触れる)が、本作では特に「説得的」な台詞が意識的に使われており、テキストを素読みしただけでも各物語の骨子が十分に理解できるようになっている。

第一話『魔法(よりもっと不確か)』

例えば短編のひとつである『魔法(よりもっと不確か)』。モデルの芽衣子は自分のスタイリストであり親友でもあるつぐみが自分の元カレである和明と「偶然」運命的に出会ってしまったことを知る。つぐみは2人の過去を知らない。和明と再会した芽衣子はつぐみの目の前で過去を暴露し和明と復縁しようとする(そして結果的に独りになる)未来を「想像」する。しかし結局過去を明かさないままその場を去る。

テキストで表せばあらすじはあっけないほどシンプルだ。しかし、実はそれこそがこの映画の強かなところなのだ。

本読み

濱口監督作品のよく知られる特徴に、リハーサルにおける執拗なほどの「本読み」がある。その目的は「役者のストレスを軽減させる」ことだという。トークショーでも語られていたが、映画制作の現場にとって「時間」とは文字通りの「コスト」だ。例えば役者が台詞をとちり、テイクが重なって撮影が長時間に及べば役者自身も疲弊するしスタッフもイライラし始める。撮り直しはもちろん製作費にリアルに影響する。撮影現場がストレスフルな環境になることを何よりも避けたい、と濱口監督はいう。時間をかけて本読みを繰り返し、台詞のやり取りを自動化することで現場でのリテイクを最小化できれば、それはすなわち役者やスタッフのストレスの最小化にも繋がる、というわけだ。

濱口監督は現場ではあまりあれこれと演技指導しないという。幾度となく繰り返される本読みを通じて自動化され完全に自分のものになった台詞を、役者が自らの自然な身体で表現する。そのとき、濱口作品らしい一種独特の演劇空間が生じる。テキストは原則として固定されている。固定されたテキストを、役者は自らの身体を用いて「解放」する。解放する方向はひとつではなく、方向性の決定はある程度役者自身に任されていて、演技はダイアログの中で時にテキスト自体の持つベクトルとは異なる方向へ向かう。いわば演技者の関係性の中で身体がテキストを「裏切る」のである。テキストが持つメッセージと身体が発するメタ・メッセージが強いテンションで引き合うとき、プロットとは異なるもうひとつの「偶然」と「想像」が生まれる。

身体がテキストを開く


こうしてこの作品はテキストにフィクショナルな強度の高さを要求するのだが、「フィクショナルな強度が高い」とはそのテキストが現実的とはいえないほど説得的で筋の通った言説だという意味で、それははっきりいえば「嘘」だ、ということだ。「嘘」であるテキストと「本物」である身体。ノイズのない首尾一貫性を備えたテキストと、ノイズそのものとしての身体。濱口作品の不思議な生々しさは、そのような緊張関係とともにある。

だから『偶然と想像』各話のラストは必ず「テキストからはみ出す」部分、つまり本読みが不可能なシーンになっている。『魔法(よりもっと不確か)』のラストシーンで芽衣子は2人をカフェに残して立ち去り、ひとりで工事中の渋谷の街をスマホで撮影して笑顔を見せる。第二話『扉は開けたままで』のラストシーンのキスと歩き去る奈緒の姿も、第三話『もう一度』のハグも、脚本には当然書かれているだろうが本読みの対象にはなり得ない。そこでは「ノイズとしての身体」が大きな意味を持つ。身体がテキストを開く、それは演劇としてはとても基本的なことだ。が、映像作品としては結構レアなのではないか。濱口作品が極限までテキストの強度を上げたことで、鑑賞者は結果的に映画を通して「身体」と出会い直すのである。

※ところでこのときの上映ではかなりの数の観客が爆笑していたのだが(杉田監督によるとアメリカでの上映でもそうだったとのこと)僕にとってこの映画は緊張感が強すぎてちっとも笑えない。だから上記の論考はまるっきりの間違いかもしれない。

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