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ゼロからリリースまで。新規事業を創出するTakramのプロジェクトディレクション──メタパ(Metapa)

コロナ禍によってオンラインでのコミュニケーションが急速に加速するなかで、にわかに注目を集める「メタバース」。「Takram Night #3」では、Takramが手がけたリアルとバーチャルが融合したメタバースショッピングモール「メタパ(Metapa)」をテーマに、デザインエンジニア緒方壽人とデジタルプロダクトデザイナー川崎陸が話しました。オンライン/オフラインのハイブリッドな体験のコンセプト策定からプロトタイピング、サービスのリリースまでのプロジェクトの舞台裏を実際のエピソードを交えながらお届けします。

 Text by Asuka Kawanabe

Takramでは、さまざまなかたちでTakramに興味をもってくださっているたくさんの方々との新たな出会いの場となるよう、カジュアルなトークイベント「Takram Night」を開催しています。メンバー自身が語り手となって私たちがどのようなチームで、メンバーがどのように協業し、仕事をしているのかなど、Takramの取り組みや直近のプロジェクトについてお話しています。

第3回はTakramが凸版印刷と開発したメタバースショッピングモール「メタパ(Metapa)」とその実証実験として開発された「Virtual b8ta」を例に、プロトタイピングを重視したバーチャル空間の構築とメタバースでの買い物体験についてお伝えしました。

スピーカーには、プロジェクト・ディレクションを手がけたデザインエンジニアの緒方壽人と、デジタルプロダクトデザイナーの川崎陸が登場。Takramがコンセプト構築やプロトタイプ開発、UIデザインを担当したこのプロジェクトでのエピソードを交えながら座談会形式で話しました。

メタバースでのショッピング体験

今回の事例である「メタパ」は、バーチャルなショッピングモールの中をアバターとして歩き回りながら買い物できるショッピングアプリです。

友人や家族のアバターと会話をしながら一緒にモール内を歩き回ったり、気になったお店にふらっと立ち寄ったり、気になっていた製品の3Dモデルを手に取ったりと、従来のECサイトとは違うデジタルでの買い物体験を提供します。

特に「リアルとバーチャルの融合」を目指したこのアプリでは、気になった商品があればリアル店舗の店員と通話ができたり、AR機能によって商品の設計や使用イメージを自宅に投影して確認できたり、リアルとバーチャルを行き来するような体験が特徴です。

2021年3月にはメタバースでの買い物体験の実証実験として「Virtual b8ta」をローンチ。最新ガジェットが体験できることで話題のガジェットストア「b8ta Tokyo - Yurakucho」のバーチャル店舗として開発し、サービスの実証実験を行ないました。そして、21年12月にはメタバースショッピングモールアプリとして「メタパ」がリリースされました。

いきなりプロトタイピング

メタバースでの買い物体験を一から構築するというTakramとしても初めてのプロジェクト。チームはリサーチと並行して、いきなりプロトタイプをつくることから着手しました。

「『バーチャル上にリアル店を再現して、そのなかをアバターで歩き回る』というコンセプトは頭ではわかる気がするものの、実際に使ってみないと想像出来ないことがたくさんあるんです。そこで、Virtual b8taの開発にあたっては、まずb8ta Tokyo - Yurakuchoの店舗空間をほぼそのまま再現するかたちでバーチャル空間をつくり、メンバーみんなでそのなかをウロウロしてみるということから始めました」と緒方は言います。

Takramが大切にする3つのプロトタイピング。
(『takram design engineering|デザイン・イノベーションの振り子』)

プロトタイピングというと、アイデアを洗練する目的で使う「改善するためのプロトタイプ」がイメージされるかもしれません。しかし、Takramでは実際に手を動かしながら学ぶための「考えるためにつくるプロトタイプ」と、メンバー内でのイメージをすり合わせて考えのズレをなくすための「コミュニケーションのためにつくるプロトタイプ」も重視しています。

「例えば、プロジェクトの序盤でクライアントの方々と一緒に、どういうプロダクトにしていきたいか、それぞれがもっているイメージを書き出す会を開いたんです。プロトタイピングというとちょっと高尚かもしれませんが、共有可能なかたちでテーブルに上げるということが要所でプロジェクトに役立ちました」と、川崎は振り返ります。

また早期にバーチャル空間というプロトタイプをつくり触ってみたことで、有益な発見があったとふたりは言います。

「商品の3Dモデルの質が意外と大切だということに気づきました。UIデザイナーなのでUIや機能について考えがちだったのですが、3Dモデルの質が低いと他がいかによくてもがっかりしてしまうという点は最初にわかってよかったです」(川崎)

「空間が生きている感じがしないとか、無人の店内に1人ポツンと立っているような状態になってしまうと、どれだけ空間を再現しても寂しさがあるという気づきがありました」(緒方)

バランスの試行錯誤

こうした初期の発見を踏まえ、チームは映画やゲームの表現なども参考にバーチャル空間ならではの体験をつくりあげていきました。そのひとつが「ダイエジェティック」と呼ばれる手法です。

このダイエジェティックという言葉は、もともと映画の世界から来ています。例えば、映画の戦闘シーンなどで流れる緊迫感のある音楽は、登場人物たちには聞こえていません。こうした物語の外で足される演出は「非ダイエジェティック」と呼ばれます。一方、爆破音や登場人物が弾くピアノの音など、物語世界のなかの人に聞こえている音は「ダイエジェティック」と呼ばれ、映画に没入感とリアルさを与えます。

このダイエジェティック/非ダイエジェティックの概念が、メタパにおいて何を説明的な2Dで見せ何を没入感のある3Dで見せるかを判断する際に生かされたと川崎は話します。「操作のためのジョイスティックや商品の説明といった要素は2Dの非ダイエジェティックなUIとして導入した一方で、近づくと商品が光ったりアバターが挙手で居場所を知らせたりといった要素をダイエジェティックなUIとして3D空間内に足しました」

反面、ゲームとメタバース内のショッピングモールという用途の違いで悩んだ部分もあると川崎は言います。「バーチャルとリアルの間を埋めることを意識していましたが、利便性を求めすぎるとECサイトっぽくなり、体験を追求しすぎるとゲーム性が高まりすぎてショッピングが成立しないという難しさがありました。そのバランスをとるうえで、ショップスタッフや友だちとのコミュニケーションが重要なキーワードになりました」

もうひとつチームが重視したのは、つくり込みと動作のバランスでした。さまざまなスマートフォンでの使用が想定されるアプリは、幅広いデバイスでサクサクと動くことが重要です。しかし、要素をつくり込みすぎると重くなってしまうというデメリットがあります。そこでチームはあえてシンプルな方向へと舵を切ったのだと緒方は言います。

「実は空間全体がシンプルな四角い板みたいなもので構成されているんです。空間をシンプルにするとつくり変えやすいだけでなく、新しいお店もつくりやすいというメリットもあります。賑わっている感のあるお店の楽しい雰囲気と、サクサク動く軽さを両立するためにいろんなパラメータのバランスを考えながら探っていく作業でした。それこそプロトタイピングという感じですね」

リアルとバーチャルを融合することの価値

リアルとバーチャル、体験と利便性、つくり込みと動作の間のバランスを試行錯誤した末に生まれたバーチャルショッピングモール。それはメタバースだけでなく、リアル店舗でのショッピング体験にとっても価値があるものだと緒方は考えています。

メタバースでの買い物体験の実証実験としてローンチした「Virtual b8ta」。

「僕らは今回、リアルとバーチャルをつなげることを大切にしました。例えば、メタパはリアル店舗から入ることもできるので、1人はお店から、1人は家からお店に入って買い物をするという体験もできます。あるいはメタパ上でお店に訪れショップスタッフと会話することで、それがリアル店舗に行くきっかけになるかもしれません。そうした相乗効果で、移動やリアルの価値が発見される機会が増えると思います」

また川崎は同じバーチャル空間でもさまざまなあり方があることに気づいたと振り返ります。

「今回のメタパはいわゆるデジタルツインのように現実世界をリアルにバーチャル空間に再現したものではありません。一方で、工業分野におけるデジタルツインは再現度を高くすることによってシミュレーションを可能にしたり、生産性や稼働率を計測できるようにしたりすることが価値になっています。そういうふうに『何のためのデジタルツインか』『何のためのメタバースか』という目的から空間のあり方がいろいろ発想されると、さまざまなバーチャル空間が生まれてくるのかなと思いました」

緒方壽人|Hisato Ogata
デザインエンジニア/ディレクター
ソフトウェア、ハードウェアを問わず、デザイン、エンジニアリング、アート、サイエンスまで幅広く領域横断的な活動を行うデザインエンジニア。東京大学工学部卒業後、国際情報科学芸術アカデミー(IAMAS)、LEADING EDGE DESIGNを経て、ディレクターとしてTakramに参加。主なプロジェクトとして、「HAKUTO」月面探査ローバーの意匠コンセプト立案とスタイリング、NHK Eテレ「ミミクリーズ」のアートディレクション、紙とデジタルメディアを融合させたON THE FLYシステムの開発、21_21 DESIGN SIGHT「アスリート展」展覧会ディレクターなど。2004年グッドデザイン賞、05年ドイツiFデザイン賞、12年文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品など受賞多数。15年よりグッドデザイン賞審査員を務める。

川崎 陸|Riku Kawasaki

デジタルプロダクトデザイナー/ディレクター
デザインリサーチからコンセプト構築、情報設計を担う。大学卒業後、デジタルマーケティング会社でインフォメーションアーキテクトとして主に大規模Webの情報設計に従事した後、Goodpatch incに入社。 デジタルプロダクトデザイナーとして新規プロダクトの立ち上げやリニューアルを多数経験。質的調査を通じて、当事者でさえ知らない新たな視点を獲得することに興味をもつ。2018年よりTakramに参加。

📣【参加受付中!】
次回のTakram Nightは2022年7月22日(木)にオンラインでの開催を予定しています。テーマは、『「誰も取り残されない」情報設計とアクセシビリティ(デジタル庁)』です。ぜひご参加ください。

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