天国の紅い蓮
童話、というよりも寓話。仏教説話的で宗教色が出ているため、幼年誌に載せるのは難しく、まだ発表の機会がありません。
ここは天国の沼。
いつものように 蓮の手入れをしていたルドラは、
一輪の華の中をのぞきこんで、
なんども なんども深いため息をつきました。
まんまんと たたえられた甘露には、
幼い女の子の 泣きはらした顔が映っています。
かたわらの しおれかけた華に目を移すと…
残り少ない甘露には、
やつれ果てた女の人が見えます。
「ああ…また少し 甘露が減ってしまった。
このままでは もう 永くないだろうな…
早く甘露を補給しなければ…」
その人は女の子の母親で、
まもなく命が尽きようとしているのです。
「神様どうか
おかあさんを助けてください。
おかあさんが助かるのなら、
わたしはどうなっても かまいません…」
ルドラはなんとかして女の子の願いを
かなえてあげたい気持ちで いっぱいでした。
甘露さえあれば…。
でも かんじんの甘露は、
新しいつぼみが花開いたときにしか、
神様から いただけないのです。
「だけども あの女の子が
あんなに真剣に お祈りしているんだから、
もしかしたら神様も 特別に甘露を
分けてくださるかもしれない…
よし、お願いしてみよう」
思い余ってルドラは 神様のところへ
出かけてゆきました。
「ルドラよ、お前の気持ちは
痛いほど よくわかるが、
おきてを曲げるわけには ゆかないのだよ」
「どうしてもですか…」
「どうしてもじゃ…
命の甘露は一生に一回、
ひしゃく一杯限りと決まっておることは、
お前も知っておるじゃろう?」
「はい…」
泣く泣く沼に帰ると、
母親の甘露はもう、
ほんの ひとしずくしかありません。
下界では…
女の子が母親にしがみついて
泣きじゃくりながら、
それでも なお、一生懸命
祈り続けていました。
「神様、どうかどうか
おかあさんを助けてください。
おかあさんが助かるのなら、
わたしの命をひきかえにしても
かまいません・・・」
ルドラは もはや、前から考えていた いけないことを
決行するしかないと思いました。
それは本当に、いけないことでした。
女の子の甘露を少しだけ、
母親のほうに 移し替えようというのです。
女の子の命は少しだけ 短くなるかもしれません。
でも、それで 母親の命は助かるのです。
それに何より、女の子自身が 望んでいるではないですか、
「おかあさんが助かるのなら、
わたしのいのちを ひきかえに・・・」と。
しおれかけた華は
息を吹き返しました。
そして…
下界の母親も みるみる元気になってゆきました。
「神様、わたしの願いを 本当に
聞き届けてくださったのですね。
ありがとう…ありがとうございます。
ご恩は一生忘れません…」
女の子の幸せそうな笑顔を見て、
ルドラもまた幸せでした。
ところが その幸せは 長続きしませんでした。
たちまち ルドラは 神様から呼びつけられました。
一部始終を盗み見てしまった 隣の沼のルドロが、
神様に密告したのです。
「ルドラよ、禁を犯した罪は許しがたいものだ。
だが、お前の やさしすぎる心に免じて
今度だけは大目に見てやろう。
さあ、沼に帰って ただちに
甘露を元のとおりに戻すのじゃ。
人の定めを勝手に変えることは 断じてまかりならぬ」
移しかえられた甘露は
また元どおりに戻され、
母親は また 死の床につきました。
けれども それは、
ほんのわずかの間だけでした。
再び母親は息を吹き返し、
みるみる元気になっていったのです。
いったい何が起こったのでしょう?
そのころ天国には もう ルドラの姿はなく、
ルドラの沼には ただ一輪
紅い蓮の花が 咲き誇っていました。
それは どうやら、
まんまんと たたえられた
甘露のせいらしく思われました。
なぜなら・・・
その甘露は
まっかな、血のような色を
していたからです。 (完)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?