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『た子の足跡日記』ー有料老人ホームにてー

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有料老人ホームで10年間に出会った入居者様に感謝。 皆様お元気ですか?地上でも天国でも・・・
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#特養

桜の木

『た子の足跡日記』ー有料老人ホームにてー 病院の真ん前に1本の桜の木がある。 病院の前に立っているこの施設の5Fの窓から、その桜はよく見える。 桜の花が咲く季節は窓からお花見が出来る。 特にマサハルさんの部屋からの眺めは最高だ。 2月、まだ桜は細い枝の先が冷たい風を神経質に捕らえていた。 マサハルさんがその桜の木を窓越しに眺めて私を呼ぶ。 「ちょっと、ほれ、あそこに子供が居るんじゃないか?」 「えっ、子供ですか?」 「あんな所に登ちゃって、降りられなくなったんだな~ 下で

滑る話

『た子の足跡日記』ー有料老人ホームにてー クロックスのサンダルが何故あんなに人気なのか分からない。 軽量で履きやすくて値段もリーズナブル。色も色々でお洒落だ。 私も、流行に負けて買って試してみたことがある。 でも私には合わなかった。 何もない平坦な床にさえ突っ掛かって転びそうになってしまうのだ。 私の歩き方の問題なのかもしれないが。 入浴のためにちゃんとゴムのサンダルが用意されているのに、それでも殆どのスタッフが個々に買い求めて履いているのがクロックスのサンダルだ。 「こ

柿畑さんばんざい

『た子の足跡日記』ー有料老人ホームにてー キミさんが言うには、柿畑さんは何でも話を聞いてくれるのだと言う。 「あなた、悩み事があったら何でもカキバタさんに相談するといいわよ。 別に答えが返ってくる訳じゃ無いけど、すっきりするから」 と、言うので私は、 「どうやったら柿畑さんに会えますか?」 と、質問してみた。 キミさんは、 「カキバタさんよ」 とだけ言った。 怪しい。 私はキミさんがその柿畑さんに電話とかで話を聞いて貰っているお友達か、下手したら変な宗教みたいなものかも

安売りノーベル賞

『た子の足跡日記』ー有料老人ホームにてー 大声で 「職員さん、職員さん」と職員を呼んでいるのはツヨシさんだ。 ツヨシさんは、何かにつけて頭にノーベルを付けたがる。 何かを否定するとき 「ノーベルダメ、ダメ!」 固い物を食べるとき 「ノーベルこれは固いでしょう」 という具合だ。 ツヨシさんは『ノーベル』を多発乱用している。 「ノーベル」とは「ノーベル賞」のことだ。 ツヨシさんの友人の知り合いだか、親戚の知り合いだか、知人の親戚だか、とにかくツヨシさんの知り合いに『ノーベ

夢は続くよどこまでも・・・(2)

『た子の足跡日記』ー有料老人ホームにてー 夢が大きくて悩みが尽きないユメコさん。 そのユメコさんの悩みを解決すべく、リハビリの先生が立ち上がった。 『歌会始めに出席するにはお金が掛かる!』 と、言う悩みだ。 「もしも、もしも、ユメコさんの歌が選ばれたなら、僕が街頭に立って募金を集めてあげましょう」 「でもね~私は車椅子でしょ~私一人じゃ行けないから・・・誰か付き添いがいるでしょ?」 「それじゃあ、付き添いの方の分も集めて・・・何だったら僕が付き添いますよ」 「天

夢は続くよどこまでも・・・⑴

『た子の足跡日記』ー有料老人ホームにてー ユメコさんは夢見る夢子さんなんです。 とにかく夢が大きいので悩みが絶えません。 今の夢は小説を書いて芥川賞を狙うこと! 「ねえ~、小説を書くって難しいわね。書きたいことは決まってるんだけど文章にならないわ」 「どんなことを書くんですか?」 「娘のこと・・・題名は『ひまわり』・・・私って、若い頃モテたのよ」 「じゃあユメコさんの娘時代の事ですか?」 「いいえ、娘のことよ。あの子はいい子だから・・ それでね。私が若い頃、質

あなたはタイムトラベラー

『た子の足跡日記』ー有料老人ホームにてー 老人ホームの楽しいエピソードを綴ってます。 ぬり絵を楽しんで貰おうと思い、今日届いたばかりの雑誌『月刊デイ』の、ぬり絵コーナーをコピーして、 「これに色を付けてくださいね」 と、言ってお渡しした。 「わし、昨日これ塗ったから・・・」 と、お断りがある。 「ええ~、今コピーして来たばかりですよ。昨日塗るはずないと思いますけど」 「塗った、塗った、散々やらされたよ」 「それじゃあ〇〇さん、色付けお願いします」 「あ~これね、

空気のお返し

『た子の足跡日記』ー有料老人ホームにてー タロウさんは森のくまさんみたいな大男だ。 車椅子に乗って自操しているのだが、車椅子はおもちゃみたいに見える。 いつもお腹を空かせている。 「何か食べるものちょうだいな」 と、手を差し出してくる。 慣れるとそれは挨拶みたいなもので、差し出された手にグーを乗せて 「はい、空気!」 と、渡してやるとニヤリと笑い、そのまま何処かに消えて行くのが常である。 そんなタロウさんの毎日の日課は、施設内をうろちょろして何か口に入るものを探すことで

「おめえさん」と呼ばれて

『た子の足跡日記』ー有料老人ホームにてー サトさんは、目の前の他人のことを「おめえさん」と呼ぶ。 「おめえさん達はえらいなあ。こんな婆さんの世話をしてくれて」 と、いつもスタッフを労ってくれる。 サトさんの趣味は凄い。 道端に落ちている石や棒切れを拾って来たり、その辺に生えている草を取って来てはオブジェを作っている。 箱庭みたいにして並べたり、マジックで何か描いて並べてみたりしている。 散歩から帰って来て、にこにこしている時は大抵シルバーカーの中やポケットに拾った物を