見出し画像

非公表裁決/DCF法による株式価値の算定にあたり非事業用資産とすべき現預金の範囲は?

請求人が国外関連者に譲渡した外国子会社の株式の譲渡価額が適正な価額に比して低廉であったかどうかが争われた事案の裁決です。

これは、4年くらい前に報道されたパナソニックに対する課税処分の事案ですね。パナソニックからもプレスリリースが出されています

裁決についても、昨年の9月に税務通信で紹介されていましたので、ご存じの方もいるのではないかと思います。

具体的に問題となったのは、譲渡した外国子会社(PNA社)の株式をDCF法により評価するにあたって非事業用資産とすべき現預金の範囲です。

請求人は、請求人の委託を受けた第三者算定機関がDCF法によって算定した評価額をもってPNA社株式を譲渡したのですが、その評価額というのは、PNA社が保有する現預金(請求人グループ内のキャッシュ・マネジメント・システムへの預け金を含む。)のうち、偶発債務相当額と他社への出資予定額の合計額相当額のみが非事業用資産(余剰現預金)であり、それ以外の現預金は事業用資産であることを前提としたものでした。

これに対し、原処分庁は、PNA社が保有する現預金のうち、請求人グループ内のキャッシュ・マネジメント・システムへの預け金(本件CMS預け金)の全額が非事業用資産(余剰現預金)であり、請求人の委託を受けた第三者算定機関の評価額は、非事業用資産を過少に見積もったことによりPNA社株式を過少に評価したものであるとして、更正処分をしました。

課税庁が第三者算定機関の評価額の合理性を問題にするというのは珍しい気がしますが、確かに、偶発債務相当額と他社への出資予定額の合計額相当額のみが非事業用資産というのは違和感がありますし、金額的なインパクトも大きいので、見過ごすことはできなかったということですかね。

この点について、審判所は、以下のように、原処分庁と請求人の主張をいずれも排斥した上で、本件CMS預け金のうち定期預金相当額については、PNA社の事業を運営するために確保しておく必要のある現預金とはいえず、非事業用資産(余剰現預金)であるとしてPNA社株式を評価すべきと判断しました。

(ロ) 原処分庁算定方法について
そして、まず、原処分庁算定方法について検討すると■■■社株式の評価に当たり、原処分庁算定方法を採用することは、合理的かつ適切とはいえない。その理由は、以下のとおりである。
A 原処分庁は、本件CMS預け金は、■■■社が事業に使用した金銭を引き出した後の金額であり、本件評価基準日において、本件CMS預け金に事業に投下された資金は含まれていないとして、本件CMS預け金の全額が、DCF法による算定上、余剰現預金に区分される旨主張する。
しかしながら、上記(イ)のAのとおり、DCF法において、事業用現預金は事業を運営するために必要な資金としての現預金をいうところ、保有する現預金のうち、いくらを事業用現預金に区分し、いくらを余剰現預金に区分するかは、当該企業が事業を運営するための資金をいくらと算定すべきかという問題であり、その算定の判断要素として、評価基準日時点における現預金の残額の状況しか考慮しないとするのであれば、当該企業の特定の日におけるたまたまの資金需要の増減によって企業価値の評価が大きく変動してしまう結果となり得るのであって、当該企業が事業を運営するために必要な資金がいくらであるかを算定する方法として適切とはいえない。
したがって、本件評価基準日時点だけをみて、当該時点の本件CMS預け金に事業に投下された資金が含まれていないことを根拠として、これらを全額余剰現預金に区分する原処分庁算定方法は、妥当でない。
また、以下のとおり、本件CMS 預け金の少なくとも一部は、■■■社が事業を運営するための資金として確保しておく必要があるものと認められるから、本件CMS預け金の全額を余剰現預金として区分するのは妥当でない。
すなわち、上記1の(3)のニのとおり、本件CMSも、一般的なCMSの代表的な機能であるプーリング、ネッティング、支払代行といった機能を有しており、上記イの(ハ)のとおり、現に■■■社の買掛債務の支払が本件CMS預け金の普通預金からの出金により行われていることからすると、本件CMS預け金は同社が事業に使用しない余剰現預金のみを預けるものとして運用されてはおらず、同社の事業用現預金も含めた現預金が本件CMSへの預け金として一旦集約され、事業上の資金需要が生じた際には、本件CMSの普通預金から必要な資金が引き出されることとなっていたものと認められる。
そして、上記イの(ロ)のとおり、平成28年における本件CMS外現預金は、■■■■■■■■から■■■■■■■■の間で推移しており、本件評価基準日における本件CMS外現預金だけでは資金需要に対応できない事態が発生し得る状況にあったことは明らかであって、本件評価基準日においても、■■■社は、事業を運営するために必要な現預金として、本件CMS外現預金のほか、本件CMS預け金の一部についても確保しておく必要があったことは否定できないというべきである。

(ハ) 請求人算定方法について
 そこで、次に、請求人算定方法について検討すると、■■■社株式の評価に当たり、請求人算定方法を採用することも、合理的かつ適切であるとはいえない。その理由は、以下のとおりである。
A 上記1の(3)のハの(ロ)のとおり、請求人算定方法は、本件評価基準日後に■■■社が支出する予定である偶発債務相当額と他社への出資予定金額の合計額のみを余剰現預金として区分した上で評価額を算定するものである。
しかしながら、このように本件評価基準日後に具体的に支出が予定されている金額のみをもって余剰現預金と判断するとすれば、評価基準日後において具体的な支出目的が確定しない現預金は全て余剰現預金から除かれることになるのであって、こうした考え方は、上記(イ)のAのDCF法における事業用現預金及び余剰現預金の考え方に照らしても合理的理由がない。
また、請求人は、上記イの(ニ)のCのとおり、■■■社の保有する現預金残高が資金需要が発生した場合に備えて手元に置いておく必要のある現預金を超えて大きく積み上がっているという事情を認識していたことからすると、本件評価基準日時点において現預金残高の相当程度の部分が余剰現預金に当たるという判断もあり得ることを認識し得たと認められるのであって、そうであるにもかかわらず、本件評価基準日後に支出する予定である偶発債務相当額と他社への出資予定金額の合計額のみを余剰現預金とした請求人の判断は、合理性を欠くものといわざるを得ない。
しかも、上記イの(ニ)のとおり、本件譲渡価格の検討過程において、■■■社の余剰現預金が偶発債務相当額と他社への出資予定金額の合計額のみとされたのは、一社は、当初、現預金残高の全額を余剰現預金とした(同A及びB) ものの、本件評価基準日以前1年間の現預金の月末残高のうち最低額を必要運転資金とし、本件評価基準日における現預金残高との差額を余剰現預金とすることを検討したところ(同C) 、請求人が、■■■社は長年にわたって高い収益力を有し、その保有する現預金残高が事業用現預金を超えて大きく積み上がっている旨の説明をしたことにより、■■■社が、同Cの方法では■■■社の余剰現預金を過小に見積もることになるとしたことが契機なのであって、本件評価報告書の作成段階において、請求人は、■■■社に対し、必要手元現預金(事業用現預金)の水準に関する情報を提供していなかったこと(上記イの(ニ)のD)など、本件評価報告書が作成されるまでの経緯も考慮すれば、請求人の■■社に対する評価依頼に、可能な限り客観性をもった評価額の算定までを含める趣旨が含まれていたとみるのも困難である。

(ニ) ■■■社株式の適正な価額について
以上によれば、原処分庁算定方法は、余剰現預金を高く見積もりすぎた結果、■■■社株式の価値を適正な価額よりも高く評価したものと認めざるを得ず、他方で、請求人算定方法は、逆に、余剰現預金を低く見積もりすぎた結果、■■■社株式の価値を適正な価額よりも低く評価したものと認めざるを得ない。
そして、請求人算定方法が、■■■社株式の価値を適正な価額より低く評価したものと認められる以上、上記(1)のホで述べた関係条項の法令解釈に照らし、本件譲渡は、適正な価額と本件譲渡価格との差額について、通常の経済取引として是認できる合理的な理由があり、費用としての性質が明白であり明確に区別し得るものでない限り、所得の海外移転と認められ、措置法第68条の88第3項に規定する国外関連者に対する寄附金として、その全額が損金に算入されないと解するのが相当である。
そこで、■■■社株式の本件評価基準日時点における適正な価額について検討すると、上記(1)のニのとおり、法人税法第61条の2第1項第1号所定の「譲渡に係る対価の額」とは、不特定多数の当事者間における自由な取引において通常成立すると認められる価額をいうところ、株式会社は、営利を目的とする企業であるから、国外関連者間ではなく、不特定多数の当事者間における自由な取引として、子会社株式を譲渡しようとする場合には、交渉の中で形成し得る可能な限り有利な価格で譲渡しようとするのが通常と考えられる。
そして、■■■社は、上記イの(イ)及び(ロ)のとおり、平成26年3月期以降の各貸借対照表において、多額の利益剰余金が存在するとともに、外部からの借入金はなく、また、本件評価基準日時点で、現預金残高が■■■■■■■■と大きく積み上がっている状況にあった上、上記1の(3)のニの(ハ)のBのとおり、定期預金が平成28年4月20日にまで増額されてから、その後少なくとも本件評価基準日まで同額を保有し続けていたこと、本件評価基準日以前1年間の各月末の本件CMS預け金の残高についてみても、上記同B及び上記イの(ハ)のとおり、当該定期預金の額を大きく上回る約■■■■■■を下回ることなく推移していることからすると、当該定期預金については、本件評価基準日を含む相当の期間にわたって■■■社の事業に投下されることなく保持されていたことは明らかである。
今日の実際の企業取引において、譲渡される企業の継続価値が、通常、インカムアプローチを用いて算定され、中でもDCF法が最も広く利用されていることは、上記(イ)のBのとおりであり、また、一般的に、定期預金の性質それ自体をもってその額を余剰現預金と判断することは相当ではないが、上記のような■■■社の現預金等の資産の状況からすると、■■■社が保有する現預金のうち、少なくとも■■■■■■■■相当額については、■■■社の事業を運営するために確保しておく必要のある現預金とはいえないことが客観的に裏付けられているから、請求人が、本件評価基準日において、不特定多数の当事者間における自由な取引として■■■社を売却しようとした場合、少なくとも■■■■■■■■■相当額を余剰現預金としてDCF法より算定した価額は、交渉の中で形成し得たと認めるのが合理的である。

これは審判所としては思い切った判断をした気がしますね。

私も、DCF法による株式価値の算定にあたり非事業用資産とすべき現預金の範囲について語れるほどの知見はないのですが、「実務上は、全額余剰現預金として企業価値を算出する際に加算されている場合も多い」(小林憲司「ケースで分かる株式評価の実務」91頁)ようですし、カネボウの少数株主による株式買取価格決定申立事件の決定(東京地裁平成20年3月14日決定)でも、鑑定人が「①保有現金の中には事業資金に投入される部分があることを認めつつも、一般に必要運転資金は各社の個別性が強いため、必要運転資金の相当額を算定する客観的根拠はないこと、②類似会社を参考としても客観的な算定は困難であり、相手方におけるこれまでの実績も不明であることから、判断の客観性を確保する観点から、保有現金の中に必要運転資金にあてられる部分のあることを考慮しないとの取扱いをした」ことについて、「専門的学識と経験に基づき行った判断として十分合理性があり、本件鑑定に不合理な点はない」という判断がされいることからすると、本件でも、本件CMS預け金の全額を非事業用資産とすることに不合理な点はないという判断がなされても不思議ではなかったのではないかと思います。

請求人の依頼を受けた第三者算定機関がPNA社株式の算定をする過程で、本件CMS預け金の取扱いについて請求人の意向がかなり反映されているようであることも印象はよくないですしね。

結論として本件CMS預け金のうち定期預金相当額だけを非事業用資産とした点について理論的な根拠はなさそうな気もしますが、厳密な判断を審判所が行うのは無理でしょうし、「少なくとも」ということで、納税者に有利な判断をしたということでしょうから問題はないのだと思います。

因みに、本件CMS預け金のうち非事業用資産とされた定期預金がいくらであったのかついては、以下のようにマスキングがされているので、よく分からないのですが、普通預金と定期預金のマスキングが長さを比較すると、普通預金の方が1桁多いような気がしますので、大半が事業用資産に該当すると判断されたことになるのではないかと思います。

先日ご紹介したサザビーリーグの創業家に対する課税処分が争われた事案もそうでしたが、税務の世界で財産評価基本通達から離れた非上場株式の評価が争われる事案がチラホラと出てきているのは面白い傾向ですね。

いいなと思ったら応援しよう!