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定年退職後の私の日々(経済編4:持ち家について)

 私は持ち家を保有していない。それを聞くと、大抵の人は「ハア?」っていう表情をする。まあ、確かに同世代の知人・友人・親戚等で持ち家を保有していない人はほとんどいない。

 私が持ち家を保有していないのは、持ち家を持つことに関する各種リスク、精緻な人生設計、近未来的な経済環境の変化、保有金融資産の有効活用等を綿密かつ慎重に検討したのが理由・・・なのではなくて、単に持ち家取得についての根性とチャンスが無かっただけだ。その反動なのか、私の長男は結婚直後に都内に高価なマンションを購入している。

 私も40歳前後に購入寸前まで話を進めた事があるのだが、物件を紹介してもらった不動産会社と一悶着起こして(100%私が悪いのだが・・・)、契約がポシャってしまったのが最後の活動だったと記憶している。当時は私も無知で傲慢で酷い事をやっていたなあ・・・と今更ながら反省した。

 地方出身者である私と妻は、首都圏の不動産価格がなかなか受け入れられない。価値と価格がバランスしているようにどうしても思えないため、持ち家購入に対する湧き上がるような情熱とパワーが出てこないのだ。首都圏での持ち家取得において、これは致命的である。首都圏での不動産購入はある種の狂気が必要だ。

 したがって、私はもうすぐ高齢者の仲間入りだというのに、相変わらず賃貸住宅生活を継続しているわけだ。当然、これまでの引っ越し回数も非常に多い。引っ越し費用は相当な金額であるが、「色々な所で生活する貴重な経験を買った費用」と割り切っている。

1.持ち家を保有していない事を後悔していないのか?

 これについての現時点での私の回答は「後悔していない」である。決して負け惜しみでは無い。これまで、持ち家を保有していない事で問題が発生した事はほとんど無い。『住む』という家の本質的な価値を考えると、賃貸住宅に住むことで問題が発生するわけがないのだ。

 それでは、どうして私と同世代の皆さん達は自宅を保有しようとするのか?まあ、一般的には下記であろう。

(1)夢のマイホームを保有するのは、まともな人なら当たり前だから(・・という考え方が根強いから)
(2)老後は賃貸が難しくなるから
(3)不動産は資産価値が高いから(賃貸費用はドブに金を捨てるようなものだから)

 巷の不動産関連情報では「持ち家が得か?賃貸が得か?」は永遠のテーマとして良く登場する。結論は既に出尽くしているくらい明らかで、「どちらとも言えない・・」が答えである。不動産としての持ち家の価値は人それぞれの人生観で大きく変わるからだ。

 したがって、持ち家を購入するにあたっての上記(1)の理由は極めて本質的なのだろう。

2.本当に持ち家を保有していない事を後悔していないのか?

 現時点での私の答えは改めて「後悔していない」になるが、しかし一方で残念ながら懸念材料はある。更に高齢者になるにつれて、賃貸可能物件が大幅に制限されてくる・・・という懸念だ。

 ここ数年での賃貸契約では、結構リアルにそれらの懸念に直面した。バリバリ収入を稼いでいた現役時代とは全くの様変わりである。

 「俺も見くびられたものだ・・・」と嘆いても、相手の大家さんにとっては死活問題だ。貸し渋りたくなる気持ちも良くわかるというものだ。

 私は昨年春に現在のマンションに引っ越したが、色々と幸運が重なり無事に賃貸契約を締結する事ができた。これまで住んだ住宅と比較してもトップクラスのコスパで実に気に入っているのでしばらくはここに住むつもりだ。本当にラッキーだったと思うが、次の引っ越しは相当な苦戦が予想されるだろう。しかし、これはどうする事もできない。ニッチもサッチも行かなくなったら、その時は持ち家を保有する事になるのかも知れない。

3.資産価値としての持ち家をどう考えるのか?

 持ち家派の人達には申し訳ないが、資産価値云々というポイントにおいては持ち家を保有しなかった事は「心底良かった」と思っている。これも、決して負け惜しみでは無い。資産的な自由度が大きいからだ。

 私と同じ世代では持ち家購入の適齢期がバブル崩壊以降だった人達が多いと思うので、私の上の世代である団塊世代の人達よりはバブル崩壊による資産価値下落のダメージは比較的小さいだろう。とはいえ、不動産価値神話は崩壊した訳だから、不動産に対する考え方は大きく変えざるを得ない人達が大半だ。当然、人生計画に変更を余儀なくされる人達も多いだろう。

 私の場合は持ち家の不動産価値にほぼ相当する金額の金融資産を結果的に保有することになった。家を持ってないんだから、その分購入価値に相当する程度の金融資産を残していなければ、はっきり言って「話にならない」のである。

 これらの金融資産が新たに生み出す価値(株の配当等)は、結果的には現在の賃貸費用支払いを補完する原資となっている。このメカニズムは極めて妥当なはずだ。したがって、「老後に持ち家が無いと、賃貸費用支払いで経済的に破綻する」と良く言われる懸念は私の場合は今のところそれなりに解決しているのだ。

 ・・・というか、持ち家がなければ当然こうなるのではないのか?と思うのだが、世の中の定年退職関係アドバイスでは「賃貸×老後=ヤバい」って一方的に脅すのである。はっきり言って、そんなのは自分の金融資産を正しく管理してこなかった連中が悪いのだ。老後の賃貸費用支払いが心配ならば、住宅ローンの支払いが無い分それらを貯金等に回すべきなのだ。

 「馬鹿言ってんじゃないよ!家の賃貸費用を支払いながら貯金なんてそう簡単にできるか!」とお怒りの向きもあろう。しかし、世の中の不動産業界は「夢のマイホームは現在の賃貸費用の金額と同じ月々の支払いで買えますよ♡」と高らかに宣言しているケースが多い。つまり、ローン支払い費用と住宅賃貸支払い費用は一般的には「行って、来い」だと、業界が認めてくれている言うことだ。

 「それはそうだけれど、それじゃまさに行って、来い・・だから、やっぱり貯金は貯まらないんじゃね?」とおっしゃる向きもあろう。そう思うのも無理も無い。

 しかし、ここで冷静に考えてみたい。実は、持ち家を購入した人は家の購入費用の他に、購入費用と同等レベルの金額の費用を別に支払っているのだ。

 それは何か?住宅ローンを組んだ金融機関への利子支払いや税金等の諸経費である。大抵の人達が組む超長期の住宅ローンの場合は、この金額は持ち家の購入費用と桁は同じレベルだ。したがって、理屈上は持ち家を購入しなければ、これらの支払い費用分は自分の金融資産として残るのが当然の帰結だろう。

 「よ-し、わかった。しかし、私は貴重な金融資産を株式投資みたいなリスキーなもので運用して老後の賃貸費用支払い分に充当するための配当等を得るなんて怖くてできない」という向きもあろう。しかし、それは間違いである。持ち家取得という不動産投資は十分にリスキーだ。現にバブル崩壊で資産価値が大きく毀損している例がその証左である。「株式投資は怖いけど、家を買うのは怖くない」というのは理屈が合わないのだ。

 経済というメカニズムは実に良くできている。「明らかに得な方法」というのは簡単には見つからないのだ。