【連載】未来に吹く風 ~君と短歌と一年間~

第3章 ~沢海 簿財の述懐 文月の傷~
 
君を待つカフェでの虚無とコーヒーと刻(とき)をうめてくエリック・サティ
 
 終業式の後、長岡駅のシャモニーで彼女と夏休みの予定を立てようって話したんだ。まがいなりにもお互い就活生でしょ?でもうまく時間を見つけて何とか遊びたかったんだね。座席はいつも決まって突き当りを右に行ったところの入り口から見えない席。前に入り口から見える席に2人でいるところを同級生に見られてね、あんな目はもうこりごりだもの。僕はコールドコーヒーを彼女はアイスティーにチョコレートケーキ、いわゆる「いつもの」ってやつだね。会計はじゃんけんで決めるんだけど、なんでかシャモニーに来ると僕がよく負けるんだよね、ドトールでは強いのに(笑)だから僕はドトールでケーキを食べる、ってまた話がそれたね。で、何の話だっけ?あ、そうだねシャモニーで話したことなんだけど、僕が思っていたことと彼女が思っていたことの間には、少なからず乖離が生じていたと思う。お互いにまずは目下の就活に力を入れないと、後悔するからって話したね。僕は彼女が悲しむよりも悔しがる性格なのを知ってるから、公務員試験に落ちて悔しがるのを見たくなかったんだよ。人ってさ、悔しがる時ってきっと自分自身を恨んでいるってことだと思うんだ。なんであの時もう少し頑張れなかったんだろうってね。もし落ちたら絶対に彼女は自分を責めちゃうから。それで、お互い自分を見つめ直そうよって言ってさ、しばらく遊ぶのはやめようって話した。だから夏休みの予定は一つしか決められなかったんだ。それはね、毎日22時に電話しようってこと。きっとそれがその場で出せる最適解の一つだったんだろうね。あくまでも最適解の一つに過ぎないと今では思ってるけど。あの日結局19時近くまで話してそのあと改札口で彼女が見送ってくれたんだ。あの日彼女になんて声を掛けたらよかったのかわからないね。恥ずかしいけどいまだにあの日、改札にsuicaをタッチして振り返った時の彼女の泣き出しそうな顔を夢に見る。だけどね、いまだにあの時のアンサーは思いつかないよ。逆に何をとっても不正解なような気もするし、いっそ解なしの問題だったかもしれない。自分が傷つくことで相手を傷つけずに済むなら僕はきっと喜んで傷を受けるだろう。でもね、そんなことはあり得ない。例えばね、第三者がいきなり僕を傷つけるわけがない。傷つけて傷つけられるのはいつでも二人同士なんだ。難しいのは、傷つけまいとする行為こそ、傷つける行為になってしまうってことだね。お互い傷つかないようにするなんて、綺麗ごと。そんな美しく見せかけた棘を僕は、彼女に手渡してしまっていたのかもしれない、いや、手渡したんだね。
 

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