【連載】未来に吹く風 ~君と短歌と一年間~ 第1章

~沢海 簿財の述懐 水無月の雨~
 
夕焼けの色を模写したまるい花 梅雨が忘れていった紫陽花
 
短い、いつになく短い梅雨明けを経てね、少しばかり湿っぽい夏が来たんだよ。僕は9月に就職試験を控えていてね、そのちょっと前にも学会があったりして結構ハードなスケジュールをこなさなければいけない夏が来てたんだ。そうだね、完全に鈴(れい)のことはほったらかしてたよ(笑)彼女も彼女で公務員試験受けるんで僕になんかかまってる暇なかったかもなあ。
高校までは片道1時間とちょっとの道のりで通ってたんだ。最寄り駅を6時48分に出て学校の最寄りには7時20分に着く電車に乗ってたんだ。乗車位置も決まっててね、前から2両目、真ん中のドアから乗ってた。細かいって?そうすると降りてすぐエレベーターに乗れたからね。え、そんなことはどうでもいい?それでね、東口から歩いてコンビニでコーヒーを一本買うんだ。キリンのファイアワンデイブラックのペットボトルをね。そんでちょっと歩けば学校に着く。まだだれも来てないような時間だよ、7時35分には着いていたんだ。朝学校まで歩く時間が結構好きだったね。ちょうどこの時期には紫陽花が咲いててね、1カ所だけ赤い紫陽花が咲いていた。水平の彼方で太陽が沈んでく時にさ、たまにピンクがかって見えることない?ちょうどそんな赤色の花を見ながら歩く時間が、ゆったりしてたよ。朝にみんなが殺伐と歩いてる中でね、自分は花を愛でながら歩いてるって思うだけでちょっと豊かになれる気がしてね。それに紫陽花ってやつは緩やかにだけど色を変えてくんだ。その違いに気付けるやつが何人いたかは知らない。何だか人の心みたいでしょ。日本人はこういう移ろいみたいなの好きだよね。だけどね、もうこの花も今年で見納めなきゃだったんだ。
会計実習室ってのが僕に割り振られた部屋でね、一応部活で簿記を教えてたから準備室が割り振られてたんだよ。生徒にだよ、笑っちゃうね。学校に着くとまずその部屋に行く。そうすると大体ちょっと不機嫌な鈴が待ってんだよ。吹部の朝練ってあるじゃん、あいつはクラリネットやってたからそれで早えのよ。人間誰でも朝は不機嫌なんだよな。僕は毎朝自分と鈴の朝ご飯を作っていってたんだ。そんな大したもんじゃなかったけどね。おにぎりとかパンと紅茶みたいなのばっかりだったよ。5分もかからないような速さであいつは食ってたね、そんですぐ歯磨いて朝練戻んの。それでも朝のちょっとした時間でコミュニケーションが取れてたのは良かったと思ってる。あいつが朝練に行くと、僕は僕で部活の準備とかしてね、教室にHRに間に合うギリギリで入る。あいつはほぼほぼギリギリ間に合わない(笑)そんなで一日が始まってたってわけ。このころからだよ、僕と彼女の心の色が緩やかに本当に緩やかに変わっていくのは。

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